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政党政治はもういらない
2011/01/11(Tue)
自殺者数が13年連続で3万人を超えているにもかかわらず、国会は、避けては通れない難題に真剣に取り組むどころか、党利党略に堕している。

政権交代しても、首相が交代しても、政治はもたつくばかり。今の政治にウンザリだ。腰の定まらない民主党政権の「決定力不足」に国民は幻滅しているからだ。

社会の問題を解決するのが、政治の役目なのに、何も出来ない解決できないゲゲゲ(下下下)の政治になっている。国民が切実に解決を願っている雇用問題を、政治は解消できず、非力に等しい。

空回りしている政治自体が深刻な問題になっている。「お任せ民主主義」も機能不全に陥っている。グローバル化の経済思想により、社会のかたちが、個人まで分解されてしまい、家族までが孤族化され、社会の絆がなくなり、恐ろしい勢いで無縁社会になっている。

甘い公約は、政党の党利党略にしか過ぎず、財源が空手形では厳しい現実に対処できるわけがない。

総選挙の選挙費用に税金約800億円も掛けているのに、選挙をやるだびに世の中が悪くなっている。選挙を繰り返しても国会議員の顔ぶれに多様性がなく、利権政治屋や世襲議員ばかりで、難題に対し真剣な取り組みをしないからだ。

避けては通れない難題を抱えた今の日本に、選挙対策のための互助会組織のような政党は、要らない。

政党政治にすべてを委ねる社会だと、政党同士が交わることがなく、いつまで経っても民意は反映されず、「議会制民主主義」への疑問さえ出てくる。戦前の「議会否認論」を思い起こすほど、政党政治を見限る国民が増えている。

このまま解散総選挙を行っても、投票先を失った選挙難民が大量に増えることになる。政党政治が国民(民意)と一体化した民主主義を体現するというのは、完全な幻想である。これほどまでに国民を不幸な事態に追い込んだ政党と政治家の責任は非常に重い。

日本の国のあり方を根本から変えるには、大胆な国会改革が必要だ。政党がまっとうな政治をせず、選挙対策ばかり考えているから、選挙制度を大幅に見直すしかない。選挙制度が変われば、政党政治のあり方にも変化が生まれる。

すでに司法の場では、素人を裁判に参加させる裁判員制度が導入されており、今では、裁判員の働きを肯定的に受け止めるようになってきた。

専門家にすべてを委ねる社会だと、誰もチェックできる人がいなくなる。専門家と市民感覚のある国民が協働して、政治について考えを深めていく社会に変えていかなければならない。

今や市民の方が、ネット社会の普及により情報発信や議論を通じて政権を左右するほど、為政者よりたくましくなっている。市民を政治参加させる直接民主主義を目指すべきである。

日本をダメにしてきた利権政治屋や世襲議員などを排除する政治員制度の導入が必要だ。

同等の権限が与えられている衆議院と参議院の国会議員を廃止して、その代わりに市民である政治員を参加させる制度をつくり、市民の意見を直接反映させる。市民と専門家がともに考え、議論を通じて合意を探る道しかない。

例えば、政策の企画立案は、専門家グループに作らせる機関と、その政策評価は、市民の政治委員が行うチェック機関とに分ける。

政策企画を担う専門家グループは、政策や法律に対する専門知識を有する人の中から選挙で選ぶ。

政策評価を担う政治委員は、裁判員と同様に、健全な判断力を持つ市民の中から抽選で選出する。

これぐらいの国会改革を行わないと、ジャパン・シンドロームが進む日本は、持たない。
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