スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
いじめを生み出す空気を読む社会
2012/09/29(Sat)
いじめがまた問題化している。1980年代初めに社会問題となったいじめは、その後も、自殺を機に問題化しては、やがて沈静化することを繰り返している。昔からあったいじめが、社会問題となったのは、情報化社会への変容により、学校空間のコミュニケーション環境が大きく変化し、子供が感じる閉塞感が増大してきたからだ。

大津のいじめ事件のように、いじめの存在さえ認めず、次々と言い訳をする教育委員会や学校は、腐っている。学校現場は、何故いじめに向き合わず、いじめを隠蔽するのか。いじめ解決まで膨大な報告書の作成に大量の時間が費やされるのに、教育現場が嫌がっているからだ。人事評価への悪影響を心配し、いじめ報告を嫌がる校長や教頭も多い。その上、教育委員会は形骸化し、学校とのなれ合いが、いじめ問題ヘの隠蔽体質を生んでいる。

さらに事態が深刻化する背景には、事なかれ主義の教育行政があり、自分たちの評価が落ちないように「臭いモノには蓋をする」体質がある。文科省、県教育委員会、市町村教育委員会、学校という中央集権的ピラミッドの教育行政の人達で、このような体たらくである以上、いじめ問題を解決することは不可能である。

閉鎖的で固定的な集団組織は、似通った構成員により作られるため、他人の勧告や外部の情報を意図的に無視し、不合理で馬鹿げた意思決定をして、より危険性の高い方にシフトしてしまう。

しかしいじめの背景には、それだけでない。学校内外で、若者や子供が生きる世界はネット情報化し、人間関係のあり方も大きく変わってきた。互いに気を使い、察し合って「空気を読む」関係と自己への過剰な関心が絡み合っている。空気を読み合いし、大勢に順応する傍観者がさらにいじめを加速させている。

空気を読めという圧力の中で、周りの人から受け入れられるコミュニケーション能力が求められている。空気をうまく読み合うということと、周りの人からの承認がないと、自分の居場所がなくなり、不安になるため、余計に空気を読み合う関係を形成してしまう。頻繁なケータイ・メールでお互いのつながりを確かめ合い、終わりの見えない相互承認を繰り返す友達地獄は、その例である。

密着性の高い友達関係に拘束され、言動の自由を失っているような若者・子どもは、「友達」と認識されない外部の人間関係には無頓着であり、傍観者となっていじめを止めることはしない。

こうしたシビアなコミュニケーション環境では、自分の本心でなく、場の空気を読んだキャラを演じるコミュニケーション能力(人気獲得力)が必要で、キャラの序列化(人気の度合い)により、ポジジョン取りが決まり、スクールカーストを生み出していく。学校空間でのコミュニケーション環境は、カースト下位者へのいじめを誘発し、子供を自殺に追い込むなど深刻な事態へと発展する背景になっている。

空気を読む合う社会が、生きづらさを強いており、いじめを生んでいる。いじめは、空気を読むことのストレスから生まれている。

日本社会は、空気を読む文化であるため、戦争やいじめが起こりやすい。政治学者であった丸山真男は、戦前の天皇制を「無責任の体系」であるとし、「空気支配」体制が権力を消失させることから、日本人の主体性意識の欠如を指摘した。今なお、重要課題に対する政治家や官僚の対応を見ても、「無責任の体系」が支配している。原発事故の処理をめぐる迷走も、日本という社会の空気支配に押されてずるずると状況的に意思決定が行われる無責任な「現状追随主義」によるものだ。
この記事のURL | 若者 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<誤認逮捕を繰り返すケーサツの不祥事 | メイン | 同じ過ちを繰り返す日本社会の構造的欠陥>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

   ▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://demosbc300812.blog61.fc2.com/tb.php/104-872f379b

  ▲ top

| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。