経済成長の尺度であるGDP(国内総生産)は、環境悪化が進んでも、不平等が高まっても、増加する。そのため、これまでのGDPでは、幸福感に与える影響を測ることができない。ごく最近、フランスのサルコジ大統領が、GDPの計算方法を見直し、新たに長期休暇や環境への貢献などの「幸福度」を加えると提案した。また、他の各国もこうした幸福度を基準に入れるべきだとして、9月下旬の米国で開催されるG20首脳会合で各国に同意を求めると報じられている。
この提案は、ノーベル賞経済学者であるコロンビア大のスティグリッツ教授とハーバード大のセン教授らが発表した報告書に基づいているという。以前、イギリス保守党のキャメロン党首も、経済成長より、幸福度をより重視すべきだと主張し、「幸せの政治」を掲げて支持率を上げた。新自由主義経済の限界が明確になった昨今、幸福度を最重視する政策の必要性が、我々の目指すべき方向を示している。
しかし、GDPは一つの指標にすぎず、GDPとは別に幸福度を測る基準が必要である。平成20年版国民生活白書によると、日本では、GDPの増加に伴い、所得が上昇傾向にあっても、反対に生活満足度は下がっているという。これは他の先進諸国でも見られる「幸福のパラドックス」といわれる現象であり、経済成長が人々の幸福感に結び付いていない。特に所得水準が高い先進国では、所得上昇にかかわらず、幸福感が高まらない。このパラドックスを解くため、「幸福の経済学」という分野が生まれており、幸福とは何か、それは何によって決まるのかという計量経済学的研究が進められている。
チューリヒ大学教授フライらが著した「幸福の政治経済学」は、直接民主主義の最も発達した国であるスイスで、所得、失業、インフレ、政治システムなどの要因が幸福に与える影響を詳細に調べたものである。これによると、金銭的な充実のみが幸福を決めるのではなく、直接民主制度による政治参加の充実度こそが人々の幸福感を高めることを明らかにしている。つまり、人々の政治的参加状況が、幸福感を高めていくという意外な結論であった。
経済的豊かさと幸福感とは乖離しているが、そのギャップを埋めるには、課題解決に向けた政策的意思決定に市民が直接参加することである。すなわち、行政の意思決定に参加する市民ガバナンスは、市民自らが幸福を享受しようとする動きと言える。このように考えれば、市民による小さな「持続可能な社会づくり」は、大きな「幸福づくり」に結びつく重要な政治参加行動であると見ることができる。
GDPを拡大することが、国民の幸せになるとするGDP至上主義は、国民の社会生活を破壊してしまった。毎年3万人を超える自殺者を出す日本は、GDP至上主義から脱却して、「幸福の経済学」に基づき、幸福度を高める政治を目指すべきである。
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