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小沢一郎の権力闘争で日本沈没
2010/09/02(Thu)
民主党代表選で、小沢前幹事長が復権に執念を見せる有様は、非常識を超え、あぜんとする。

「政治とカネ」の問題で辞任した人物が3カ月も経たないうちに、戻ってくるなんて異常だ。それをまた「政治とカネ」の問題でダブル辞任し、政界引退を宣言した人が仲介し、トロイカ体制による復権を目指したのも異常だ。

小沢チルドレンを中心に、国会議員の数では優勢と伝えられるが、世論調査では圧倒的に菅首相支持が高い。菅首相を支持するのは、「脱小沢」の姿勢を評価するからであって、ダーティのイメージが付きまとう小沢一郎に嫌悪感を抱いているためだ。

小沢の立候補は、政治資金疑惑の検察審査会による「起訴」逃れを狙ったものである。再度「起訴すべき」と議決されても、首相になれば、訴追不可能にできるからだ。

国民が金権政治の追放と政治資金問題のけじめを求めているにもかかわらず、選挙至上主義者である小沢一郎は「数は力」とばかり、選挙や代表選で勝てば、万能の力が得られると考えている。

だが「小沢政権」が誕生しても、「政治とカネ」の問題で国会は大荒れになる。訴追されるようなことをした首相を、国会が認めるはずがなく、政権運営が困難となる。

小沢一郎は、総理になるより、裏で総理を操る闇将軍を好む。鳩山前総理の場合も二重権力構造で操っていた。小沢が代表になった場合でも、国会での追及を避けるために別な人物(渡辺善美あるいは舛添要一?)を首相に担いで、小沢は裏から政権をコントロールしようとしている。これは透明性を看板とした民主党政治の死を意味する。

昨年の政権交代は、自民党の敵失によるもので、民主党のマニフェストが全面的に支持されたのではない。だから国民は、財源なきバラマキ政策のマニフェストに対し大幅な修正を求めているのだ。

小沢は「マニフェスト原点回帰」を主張して、「マニフェスト修正」を批判するが、既にマニフェストの柱であった暫定税率廃止を自ら修正しているのだ。財源についても説明責任を果たしていない。政策より「政局第一」であって、政局を「対立軸の政策」で恣意的に操作しているだけである。

小沢は、政治を単なる権力争奪のゲームだと考えているため、命を賭けて実現しようとする政治理念などはない。小沢の政治的発言は、政局を演出する言葉だけのスローガンに過ぎない。小沢は権力を維持することしか考えていないのであって、国民生活の安定や福祉の実現ではない。鳩山前首相と同じで、言葉だけなのだ。

小沢一郎は追い詰められると負けた土俵から消えるが、また別の土俵を求めて、自分に都合の良い大義名分を見つける。今回は、「マニフェスト原点回帰」や「増税反対」という新たな旗印を手に入れた。

代表選で「マニフェスト原点回帰」を掲げても、政権運営上はマニフェストを封印してくる。詐欺の上に詐欺を重ねる行為そのものである。「政治主導」と言いながら、官僚に丸投げするのは目に見えている。

小沢一郎の政治人生は、「壊し屋」としての負の歴史だ。自民党を飛び出してから、新生党、新進党、自由党と多くの政党をつくっては壊して渡り歩いてきた。政党をつくって壊せば、巨額の政党交付金が転がり込むからだ。政党解党時の残資金は国に返還する定めがあるが、政党が合併するときには、国庫に返上しないで済むからである。小沢は政党の合併によって、これを逃れていた。しかもこのカネを、新しい政党の経理に入れず自分の運営する政治団体にプールしていた。

こうした錬金システムを可能にしたのは、細川政権の時、小沢一郎が導入した小選挙区比例代表並立制と政党助成金である。小選挙区比例代表並立制は、党首の権力を担保する。政党助成金の配分は党首の恣意による。二つ合わせて、誰も逆らえない錬金システムを小沢が構築したからだ。

小沢はこうした資金移動手法で政治資金をかきあつめ、その資金は自分の資産管理会社の陸山会を通して不動産の投資運用していた。要するに公金をネコババして不動産転がしをやっているようなものだ。

小沢一郎の政治力は、政局操作手腕と錬金術で作った個人資金によるものだ。民主党代表に就任した2006年を境に、組織対策費という使途不明金が急増し、37億円の政治交付金が消えてしまったとし、党費疑惑が浮上している(アエラ記事)。多額の使途不明金を生む組織対策費が小沢グループの「力の源泉」になっているのだ。

民主党の議員は、代表戦の権力闘争に明け暮れており、円高で経済情勢が危機的な状態に陥ってことなんてどこ吹く風。軽井沢でビールを片手に「気合」だと叫ぶ小沢支持議員の空騒ぎはひどい。景気低迷と猛暑にあえぐ国民にとって、「能天気」に映る。議員生活が第一で、政策より政局優先、理性より気合ばかりで、政権党はとんでもない世界に突入している。小沢にマインドコントロールされ、小沢がいないと自分たちは何もできなくて、自己保身に走る小沢シンパの姿は見苦しい。

円高で腰折れしそうな日本経済を持ち直すには、与党が一枚岩になって取り組む必要があるにもかかわらず、このまま民主党が二分化すると、政策が後回しとなり、「政治空白不況」で日本が沈没する。政権党の無為無策は、万死に値する。

小沢一郎は最近、「日本のあらゆる分野で精神の荒廃、劣化が急速に進んでいる」と日本人の劣化を憂う発言をしたが、国政を私物化して日本を劣化させた最大のモラル破壊者は誰なのか。

「自己保身」のため、「政策よりも政局」をつくって権力闘争ばかりしている「壊し屋」小沢は、民主党政権も壊して国民を欺くつもりなのだろう。

どうせ壊すのであれば、日本が沈没する前に、徹底的に破壊して大規模な政界再編を起した方がましである。
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風力発電が原発を追い越す
2010/09/09(Thu)
地球温暖化が進行する一方で、ピークオイル(石油生産の頭打ち)も近い。電気自動車の普及により、風力発電の需要が著しく高まっている。ウインドタービンなどの再生可能エネルギーから生み出された電力は、将来、ガソリンに取って代わる可能性が大いにある。

米国では、電力会社とウォール街の投資会社が風力発電に積極的投資を行っているため、風力発電への電力源シフトが進んでいる。また中国でも2017年には、風力発電が原子力発電を追い越すと予想されている。

クリーンな再生可能エネルギーの主力と目される風力発電だが、陸上に適地を見つけることは難しいため、海の上に風車を建てて電気を生み出す「洋上風力発電」が注目されている。

風力発電が盛んなデンマークや英国、ドイツ、フランスなどでは、現在「洋上風力発電」が主流となっており、一大市場を形成している。英国ではすでに「洋上風力発電」など海洋エネルギーを活用して低炭素社会の実現と雇用拡大を両立させる「エネルギー革命」の柱にしている。

これほどまでに「洋上風力発電」に熱心なのは、“ドル箱”だった北海油田の生産が1999年をピークに4分の1に減っているからだ。そこで石油・天然ガス開発で培った海洋技術を洋上風力に応用し、「石油から再生可能エネルギー」へのシフトを行っている。

しかし英国と同様の海洋国家である日本は、風力発電の普及が進んでいない。風力発電に適した広大な平地が少ないため、クリーンエネルギーとして、主に原子力発電や太陽光発電が推進されてきた。だが原発の建設には多大な初期投資が必要で、放射性廃棄物処理など次世代に残す負の遺産も多い。日本は原発54基をもつ世界第3位の原子力大国であるが、再生可能エネルギーでは導入後進国だ。

海上では、陸上に比べて、風が強い。風速変動も少なく安定しているため、発電量が多い。また乱流速度が僅少でため、風力発電システムの寿命が長くなる。さらに洋上発電だと、陸上で問題になっている風車の低周波音や騒音の被害が避けられる。四方を海に囲まれた日本なら設置場所は豊富にある。発電コストも太陽光発電に比べて割安になる。「洋上風力発電」の中でも、浮体式は日本の海域の特徴にも適しており、導入ポテンシャルは5600万キロワットと試算されている。

こうした利点から、政府の新成長戦略には、2020年までに日本の沿岸に「洋上風力発電」施設を2千基以上設ける計画が盛り込まれている。総発電量が原子力発電所10基分に相当する1千万キロワット以上となる。デンマークや英国など先行する欧州各国と比べても数倍の規模だ。

洋上風力発電の普及には大型風車の開発や、工事用の特殊船舶の建造などが必要とされ、鉄鋼、機械、造船といった産業への波及効果も大きい。

環境省は2012年度末にも、風車を海に浮かべて発電した電気を海底ケーブルで地上に送る浮体式「洋上風力発電」の実証試験を始める。浮体式は深い海域にも設置できる。環境省では、実証実験と事業性評価を行った上で、16年度の実用化につなげる予定だという。

ただ陸上に比べ設置費用がかさみ、地震や台風への対策や、安定稼働のための技術開発が課題とされており、周辺海域で操業する漁業者との権利調整も必要だ。

しかし風力発電で日本は、欧州各国に比べ、10年以上も遅れている。世界風力エネルギー協会(GWEC)によると昨年、世界で建設された新規施設は大型原発25基分ほどに相当する3750万キロワット。総発電容量は前年比3割増となった。だが日本の総発電容量は1位米国の6%程度で13位。2位ドイツ、3位中国の1割にも届かず、差はさらに開いている。

そもそも日本で風力発電の開発が停滞しているには、「全量買い取り制度」が導入されていないからだ。風力発電は、電力の売却益に、国からの補助金を加えてようやく黒字が確保できるのが現状。補助金なしなら、高値で全量を買い取る制度が必要だ。

民主党は衆院選マニフェストで、再生可能エネルギー全体の「全量買取制度」導入を示した。企業が参入しやすいよう、陸上洋上を問わず、制度の拡充を急ぐべきだ。

世界の流れからも「洋上風力発電」は、海洋国日本が真剣に取り組むべきエネルギー政策である。決して机上の案で終わらせてはならない。
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学力低下よりも深刻な問題
2010/09/18(Sat)
今の子供たちのケータイ依存症は、アル中やタバコ、麻薬と同じレベルである。メールが来たら、すぐに返信せずにはいられない「即レス症候群」で、生活は24時間ケータイメールで縛られている。

ケータイを使う子供たちほど、勉強する時間は少なくなり、当然、学力が低下する。人材以外に資源が無い日本にとっては、ケータイ依存症患者が大量発生する状況は大きな損害となる。

子供の「家庭内暴力」や「校内暴力」も年々急増している。感情のコントロールができず、コミュニケーション能力が低くなっているからだ。

親が子供に暴力を振るう例は珍しくないが、子供が親に暴力を振るうのは極めて日本固有の現象である。

なぜ日本だけに子どもの「家庭内暴力」が起こるのか。 それは子どもに対して過保護であるからだ。
 
こうした子供たちを生み出したのは、その子供たちを育ててしまった親たちである。何でも買い与える親、いくつになっても子供扱いする親、ほめてばかりいる親、何でもマニュアル通りにする親、しつけを学校任せにする親、子供の個性をはき違えている親、子供の叱り方が分からない親、そして義務教育の“義務”の意味も知らない権利意識の強い親…… こんな大人になれない親の下では、子供たちの傍若無人に歯止めがきかない。

児童虐待やモンスターペアレントも、親の子供化が問題である。大人としての考えで子供へ言い聞かせるのではなく、子供と同じ感情レベルで怒る親が増えている。むしろ親に教育としつけが必要である。学校でも大学でも教えていないのは、親になる方法だ。親としての教育にもっと関心を向けるべきであろう。

しつけのできない親が多いため、善悪の判断力のない子供は我慢することができず、「いじめ」「不登校」「学級崩壊」「低学力」など問題行動を起こす。自分勝手を個性と勘違いするため、「親や先生に対して反抗する」「学校をずる休みする」「売春をする」に関しても自分の自由だと思っている子供が多い。

このように倫理観が落ちていることは、学力低下問題より深刻な問題だ。

親にしつける力がなければ、学校がやるしかない。だが、今の公立学校には生徒を十分にしつけるだけの権威と権力が与えられていない。子供をめぐる環境はどんどん変化しているにもかかわらず、教育理論や教育制度は昔のままで変わらない。権利意識の強い保護者へ対応が難しくなったこともあり、その狭間にある現場教師が精神的に追いつめられ、うつ病となって「教師のバーンアウト」に陥る。

地域社会の連帯意識が希薄で、他人の子供を叱らないことも問題である。地域社会の教育力が低下している。そうさせている大人社会の在り方とも深く関わっており、ますます社会全体がぎくしゃくしている。

子供は大人の背を見て、育つという。子供社会は大人社会の縮図で、鏡である。子供の深刻な問題は、大人社会の反映であるとも言える。大人社会の在り方が問われているのだ。大人が率先して社会を良い方向に導くという姿勢を持たないといけない。

社会における人と人とのつながりを回復し,コミュニティを再構築していくことが,無縁社会の大きな課題になっている。一人ひとりの個人は、社会との関係の中で生きている。働くことも生活することも遊ぶことも学習することも、あらゆることが、「社会」を抜きにしては成り立たない。教育の使命として,個人が自立的に社会に参画し,相互に支え合いながら,その一員としての役割を果たすために必要な力を養うことが重要である。社会全体で子供を教育して行かなければ、社会そのものが持続不可能になる。

若い世代には、今の社会の仕組みをきちんと批判し、これからの社会を新しく作っていく主体になることが求められている。今の社会の仕組みをきちんと理解し、今ある社会に適応して、その中に自分の居場所を見つけていくことが必要である。自分の身の回りだけとか自分だけの人生とかを考えるのではなく、社会的な関心をもっと持つべきである。親や誰かが自分の生活を支えてくれるはずだ、などと楽観しないほうがいい。もっと危機感を持ってほしい。
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パンドラの箱を開けたiPS細胞がもたらす未来図
2010/09/25(Sat)
過日放映されたNHKスペシャル「“生命”の未来を変えた男~山中伸弥・iPS細胞革命~」は、色々と考えさせられた番組で、万能細胞「iPS細胞」の使い方によっては、人類の歴史を変えるほど空恐ろしい可能性を予見している。

たった一つの細胞から、体中のあらゆる細胞を作り出せる万能細胞「iPS細胞」は、“医療革命”をもたらすと言われるほど画期的な発明で、世界中の研究者や製薬会社が注目し、研究開発を進めている。

バチカンのローマ法王庁も「iPS細胞」の成功を「歴史的な成果」として歓迎しており、世界的に「iPS細胞」待望論が高まっている。その理由として、「iPS細胞」が倫理問題の壁を越えるものとして登場したからだ。自分の細胞から作れるため、拒絶反応も倫理上の問題もクリアできるというわけだ。

ヒトの「iPS細胞」を皮膚の細胞から世界で初めて作り、人類にとっての「パンドラの箱」を開けた京都大学の山中教授は、今年度のノーベル医学生理学賞最有力候補になっている。

ヒトの皮膚細胞に山中ファクター(4個の遺伝子)を導入すると、受精直後の細胞(受精卵)に近い状態に戻る。つまり初期化された状態が「iPS細胞」だ。

「iPS細胞」が医療革命を起こすと言われるには、再生医療、病態の解明、創薬の開発など3つの分野への貢献が予想されるからだ。「病気の予防、慢性疾患の根治、薬を安くする」などの三つは、高齢社会の医療課題であるが、「iPS細胞」を使う再生治療が成功すれば、根治につながるという。

こうした原理を応用していけば、様々な病気治療に役立つはずだが、まだ道のりは遠い。現時点で最も実用化として近いのは、難病の研究や薬剤開発への貢献などだ。

臓器や組織を再生する再生医療には、心筋細胞や神経細胞などを大量培養すれば、臓器に成り得る。最大のターゲットは糖尿病患者で、その膵臓の細胞を置き換えることでかなりの医療費削減につながる可能性があるという。

病態の解明には、患者の「iPS細胞」から例えば発病前の神経細胞を作り出し、どうやって発病に至ったのかを追跡調査することができる。筋肉が動かなくなる難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の研究で、ALS患者の皮膚から作り出した運動神経細胞が、健康人と比べて消滅しやすいことが判明し、細胞が病気になる過程が試験管内で再現できるようになった。同様なことがアルツハイマー病やパーキンソン病など様々な病気の解明にも期待されている。

ヒト「iPS細胞」から作り出した病気の細胞に薬を投与して、その効果や副作用を効率よく調べることができる。例えば、開発中の心臓病薬を「iPS細胞」から作り出した心筋細胞に投与して副作用を調べることができる。

しかし「iPS細胞」は、難病患者にとっては福音をもたらす反面、使い方次第では悪夢を生むこともある両刃の剣だ。倫理的な問題が数多く出てくるからだ。

ゲイの同性愛夫婦で、男性の皮膚から卵子を作り出し同性同士の遺伝子を持った子供を作る事も出来るし、女性の体から「iPS細胞」で精子を作り出し男性がいなくとも妊娠といった荒業も可能だ。また人間と他の動物を掛け合わせた「キメラ」を作る事も可能だという。

まさに「iPS細胞」は「パンドラの箱」を開けたことで、生命操作の時代に突入してしまった。「iPS細胞」は生命を変えるだけでなく、人類が経験していない社会へと変えてしまう。

今まで人間の歴史で出来なかったことが、生命科学の発達により人為的に出来るようになった。人間が神の業の領域に踏み込んでしまった。

「iPS細胞」の研究は、科学と宗教がまじわる領域で、「人間としての生命はいつ始まるのか」という問題にかかわる。「生」「死」「人間の尊厳」といった定義の根幹が揺らいでいる。生命はどこから始まるのか。人間であるとも、ないとも言いきれない存在である。

「iPS細胞」がもたらす未来図は、文化、宗教、倫理、医療など社会全体が大きく変わっているであろう。

冗談でなく、「わたしの卵子を愛犬の精子と掛け合わせて、受精卵を自分の子宮で育てたいんです」とも言い出す女性が出てくるかもしれない。
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堕ちた検察 正義の味方が大犯罪
2010/09/29(Wed)
特捜検察が、前代未聞の大罪を犯した。正義の味方である検察への信頼が根底から揺らいでいる。

郵便不正事件を担当していた主任特捜検事が、証拠隠滅罪で逮捕された。押収品であるフロッピーディスク(FD)の日時情報を検察に有利なように改ざんしたからだ。

証拠隠滅罪は、ふつう容疑者側が罪を逃れるためにする犯罪だが、捜査する検察が客観的証拠を捏造すれば、どんな犯罪でもでっちあげることができる。

有罪か無罪かを判断するための客観的証拠を検察が改ざんするようなことがあれば、証拠に基づいて審査する裁判を根本から揺るがすものだ。

「遊んでいるうちに書き換えてしまった」という検事の弁解に、誰も信用しない。検察の描いた捜査の見立てに合うように、意図的にFDデータを書き換えたしか思えない。単なるミスではない。

郵便不正事件の上村被告がFDデータ改ざんをしたかどうかを確認するためだったと説明しているが、データ改ざんの有無を調べるのであれば、専門機関に鑑定を出すべきであり、検察官個人が調べるなどあり得ない

本来FDのコピーで調べるべきなのに、FDそのものをいじっている。またFDには書き換え防止のツメがあるが、このツメを書き換え防止にしなかったというだけでも改ざんの意図が見える。ファイルに記録された日時情報を矛盾なく書き換えるのは専門家でも難しいのに、あまりにも稚拙な改ざんである。

検察が意図的に証拠隠滅を図ったのは、明らかだ。改ざんしたFDを弁護側に返却したのも、弁護活動の混乱を狙ったものであり、検察が公判を有利に進めようとした意図が見える。ストーリーありきの捜査の構図に合わない客観的証拠は、邪魔になっていたしか思えない。

捜査を指揮する立場であった主任検事が重要な証拠を操作したことは許されない。さらにFDデータ書き換え問題を封印し、組織的な隠蔽を図った特捜検察幹部や地検幹部も、同罪である。故意に改ざんしたと知りながら、証拠隠蔽の疑いで調べず、上層部に報告しないで隠したからである。組織ぐるみの不正だ。冤罪と知りながら公判を続けていたなら、その罪は極めて重い。最高検による主任検事逮捕も、組織の問題を個人レベルの問題にし、トカゲの尻尾切りで終わらせようとしているように見える。

元東京地検特捜部長が、「ありえない、あってはならないこと。証拠品の対応は極めてお粗末。」というが、「ありえない」ことではなく、たまたまバレただけであって、氷山の一角だ。描いた事件のシナリオ「筋読み」に固執して調べを進める特捜部の捜査のあり方が問われているのだ。

特捜部は、事実と離れたところで作文し、自分たちの見立て合わない供述は認めず、「真実を追い求める」という使命を軽くみるようになったことが問題である。安易に結論を急ぐ検察全体としての体質に問題があるのは明らかだ。

「巨悪を追求する」という大義名分のためなら、何をしてもいいと暴走し、出世のためにモラルを失った特捜検事が多い。密室の取調べで、被疑者が否認すると、「刑が重くなるよ」と脅かして、作文である供述調書にサインを迫るのは、もってのほかだ。検察官のモラルが地に堕ちている。

特捜検察の見直し論が出ている。新しい巨悪が生まれてくるため、特捜部は必要だが、権力を持っている特捜検察をチェックする機能はもっと必要だ。

組織のウミを出すためにも、誰もが納得する捜査手法が求められる。それには、捜査の全面可視化しかない。検察は、全面可視化に反対していきたのは、「真実に迫れなくなる」という理由だった。

しかし今回の事件で、検察は、真実の追究を軽くみていたことが明るみにされ、自ら可視化議論に火をつけてしまった。検察には解体的な出直しが必要だ。
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