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日本の大手企業がソーシャルビジネスに本腰
2010/08/01(Sun)
貧困や環境の変化といった社会問題を解決しつつ、利益を生み出す「ソーシャルビジネス」に、日本の大手企業が本格的に取り組み始めた。

日本では、NPOやベンチャー企業が「ソーシャルビジネス」の担い手であったが、最近、大手企業も関心を寄せるようになった。背景にあるのは、人口減による国内市場の縮小で、成長力の高い新興国を中心に経営の軸を海外に移す大手企業が増えているからだ。

日本の大手企業が、途上国の市場開拓と社会問題の解決を両立できると注目したのは、「BOPビジネス」と呼ばれる事業ビジネスだ。世界人口の約7割にあたる40億人が、年間所得3,000ドル未満の収入で生活している。そうした所得ピラミッドの底辺層(Base Of the economic Pyramid)の人たちに、食料、保健医療、情報通信、エネルギーなど、さまざまな分野で生活の改善につながるモノやサービスを安価で提供する「BOPビジネス」が世界で注目を浴びている。その市場規模は5兆ドルと言われている。

「BOPビジネス」は企業やNGO の資金や技術、ネットワークを活用することにより、社会的課題の解決をより効果的かつ効率的に達成することが可能とされている。

しかし日本は「BOPビジネス」への取組みが遅れている。その要因のひとつとして、日本企業のハイエンド志向が強いことにある。特に製造業は、最先端の技術を用いた高機能、高品質の製品開発に傾注し、国内や先進国のハイエンド市場を相手にしてきたため、BOP層を対象とする製品や技術の開発には資源を注いでこなかった。そうしたオーバースペック製品は、BOP層ユーザーのニーズや生活スタイルにそぐわないため、単一機能、簡易なメンテナンス性、低価格を志向する技術戦略を持つことが求められている。

ハイエンド志向が強い日本企業には、発想を180度転換することが必要だが、既にインド、中国といった強力なライバルが存在する。彼らのほうが、日本人よりBOP商品の開発に長けている。

もうひとつは、企業とNGOの連携の弱さにある。NGO は途上国の現場におけるネットワークづくりや情報収集、普及啓蒙活動などにおいて、重要な役割を果たしている。欧米のグローバル企業は、NGOや開発援助機関と連携してその専門性やネットワークを活用することで、販売やメンテナンスの新たなネットワークを構築している。日本企業はこれまでNGOとの連携が活発でなかったことから、このような役割を担えるプレーヤーが少ない。

しかし途上国側には、「BOPビジネス」に対する批判や不満が強い。先進国企業は、途上国を新しい市場としてしか見ておらず、利益のために貧困層の生活に不要な商品を売るとの不満が出ている。また「BOPビジネス」は、収益を吸い上げて株主への配当を回すため、現地に利益を還元しないことに対する批判が根強い。

こうした指摘を受けて、日本の大手企業の中には、「ソーシャルビジネス」の看板にこだわるようになった。「BOPビジネス」と「ソーシャルビジネス」は、どこが違うのだろうか? 

「ソーシャルビジネス」を行なう企業は、利益最大化を目指す一般の企業とほとんど変わらないが、「ソーシャルビジネス」によって発生した利益は投資家に渡るのではなく、ビジネスに再投資される。すなわち単なる利益最大化ではなく、関わった人々の生活のために社会的恩恵を生み出す目標を追及するところが決定的に異なる。

衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井会長が、「貧困層の一番の問題は、稼ぐ方法がないこと。そのチャンスを作る」とし、バングラデシュのグラミン銀行と合弁会社「グラミン・ユニクロ」を設立し、バングラの雇用創出などにつなげる「ソーシャルビジネス」事業を始めると発表した。会見に同席したグラミン銀行総裁のムハムド・ユヌス氏は、「日本企業との合弁第一号。他の日本企業に社会的事業をアピールすることにつながる」と強調した。

「グラミン・ユニクロ」は、現地でTシャツや女性用下着、学校の制服などを製造して、グラミン銀行の債務者ネットワークである農村部の女性を通じて製品を販売する。生地の調達から製造、販売まですべてをバングラデシュで行うことによりコストを削減し、「貧困層に手の届く価格」という約1ドル程度で販売される。「グラミン・ユニクロ」が利益を出したとしても、それらはすべてバングラデシュのビジネスに再投資される。

「ソーシャルビジネス」の取り組みは、企業の社会的責任をアピールすることに注力する欧米で広がっているが、日本企業には本格的な事例が少なく、ファストリのように収益を吸い上げずに現地に再投資する本格的な「ソーシャルビジネス」は日本企業では初めてある。

世界で評価される一流のグローバル企業になるには、「ソーシャルビジネス」などを通じた社会的貢献が不可欠である。グローバル化を急速に推進するファストリにとって、海外の反発を受けない形で展開する狙いもあり、「ソーシャルビジネス」への進出はマイルストーンなのである。
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無縁社会が深刻化する2030年問題
2010/08/07(Sat)
日本は、衰退してゆく経済の中で急速に「無縁社会」化している。100歳以上の高齢者が所在不明で大騒ぎになっているように、家族の絆がとっくに崩壊し、周囲との関係も断ち切られた孤独な人たちが存在する。絶望の海に浮かぶ「絶望の島」のようである。

世界金融市場の地獄が日本経済を直撃して、その不安定さゆえ、多くのコミュニティが崩壊しつつある。「無縁社会」の中で「おひとりさま」になり、リスクを個人で背負い込む社会に変わってしまった。

日本の社会保障制度は、これまで企業や家族をあてにしてきた。コミュニティとして機能していた企業はコスト削減を極限まで追い求めたことで、雇用が崩壊し、福祉が切り捨てられてしまった。さらに地域コミュニティの支えが崩壊するとともに人々の絆は薄れ、中高年の自殺や孤独死が増えたことから、孤立を支える無縁ビジネスが流行している。

一方で、「社会のゆがみ」が若者に押しつけられ、一生懸命まじめに働いても生活が成り立たない。不平等が固定化されているとして、多くの若者は希望が持てない現実がある。仕事に希望を持てないため、ひきこもりやニートが増加する。これは個々人の努力の結果とは言えない現実である。

今から20年後には、もっとリアルで衝撃的な未来図が待っている。

貧困化によって単身世帯数が急激に増加する。50-60代の男性の4人に1人が1人暮らしになり、社会的に孤立する。家庭を持たず、単身生活を続ける中高年層が都市部を中心に急増する。単身世帯は低所得のケースが多く、無職者や非正規労働者の割合が高い。高齢単身者は、年金額が低く、無年金者の割合も高い。高齢単身世帯の増加は、貧困問題をさらに深刻化する。「2030年問題」と呼ばれる「単身急増社会」の到来である。

また総務省の統計によれば、35~44歳のパラサイト・シングル(親と同居する未婚者)の数は約270万人に達している(2008年)。そのうち、完全失業者は8.2%で、22万人が親の収入や年金に頼っている。この中で問題となるのが、ひきこもりやニートが高齢化していくことである。40代半ばを過ぎた「ひきこもり第1世代」が、少なく見積もっても10万人以上は 存在する。あと20年経てば、彼らは老齢年金世代になる。

親の収入や年金でかろうじて生きているひきこもりの人たちは、親が死ぬと同時に生活の資金を失う。親が亡くなった後、彼らはどうやって生きていけばいいのか。ひきこもりの人たちに「親が死んだらどうする」と質問すると、殆どが「自殺する」「そのまま餓死する」と答える人が多い。

20年後の未来図は、無縁化、単身急増化、少子高齢化の悪循環で、自殺率上昇、年金制度の破綻、財政破綻を引き起こし、経済におけるすべての原理原則が破綻する最悪の結果をもたらす生き地獄である。

人と人をつなげる「ソーシャル・キャピタル」が減少すると、コミュニティが崩壊することが知られている。ケータイや、SNS(ソーシャルネットワークサービス) の普及などにより、人と人とが生に触れ合う機会の減少し、人間関係の希薄化がさらに助長される。コミュニティ崩壊の最大の要因は、世代間の変化にある。一日中ケータイで通信している若者は、サイバーコミュニティを築けるが、上の世代は、会社や地域、家庭など伝統的なコミュニティが破壊されると、コミュニケーションの場を失ってしまう。

現代資本主義の暴力によって、伝統的なコミュニティが破壊され尽くされてしまった「無縁社会」は、国民全体で解決しなければならい課題で、問題意識を共有すべきである。「無縁社会」の中で、どんなコミュニティが再建できるか方策が必要である。この問題に向き合うことなしには、よい社会をつくり、そこで生きることはできない。

NHKの「ハーバード白熱教室」で有名になったマイケル・サンデル教授は、人が社会に埋め込まれた存在であることから、コミュニティ再生に向かう方策が必要だという。さらにコミュニタリアンであるサンデル教授は、個人がコミュニティとしての責任を負い、公共問題に熱心に取り組み、何が本当に大事か活発に議論する市民社会の重要性を語っている。

今の日本社会は、強いものを礼賛し、弱っているものを虐げる傾向がある。虐げられた弱い者は、更に弱い者を探して、悲劇を連鎖させていく。

個人を守る社会モデルにつくり変える必要がある。人々の絆を中心とした「支え合う社会」の創出である。人々のつながりには力があり、そこから何らかの価値創造ができる。市民活動を通じて人と人とのつながりである「ソーシャル・キャピタル」を培養する政策が求められる。


参考になった書籍1冊

単身急増社会の衝撃単身急増社会の衝撃
(2010/05/26)
藤森 克彦

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大きく後退した地球温暖化対策
2010/08/14(Sat)
地球温暖化への対応を巡って、米国など先進国を中心に推進力が大きく失速している。世界的な景気低迷で、温暖化対策の理念よりも産業界への配慮が先行しているからだ。

米国では、民主党が、排出量取引制度の創設を含む、包括的な地球温暖化対策法案の上院審議入りを断念した。共和党は企業のコスト負担増やエネルギー価格の上昇を理由に反対しており、民主党内でも、11月の中間選挙を控えて規制の影響を受ける電力業界などを支持基盤とする議員から反対の声が強まっているため、成立のメドが立たないからだ。米国民の関心は景気と雇用にあり、温暖化対策から離れている。

京都議定書に背を向けたブッシュ前政権の路線転換を図り、指導力を発揮しようとしたオバマ政権は厚い壁に直面し、米国の地球温暖化対策が大きく後退した。

ポスト京都議定書の枠組み作りに、世界のCO2二大排出国である米国、中国のコミットメントが不可欠なのは、両国が対象外となった京都議定書の教訓であったはず。11月に開催予定の気候変動枠組み条約締約国会議(COP16)で、ポスト京都議定書の枠組み作りについて実効性のある合意に達することは困難となった。

米国を抜いて最大排出国になった中国への働きかけでも、米国の存在は欠かせないとされていただけに、米国の後退は、そうした期待を裏切るものである。

米国以外でも地球温暖化対策の後退が目立っている。日本や欧州でも動きが鈍く、年内に具体策で合意するのは難しい情勢となった。世界的な景気低迷で、各国が景気対策や財政再建などに労力を費やしているため、温暖化対策どころではないからだ。

2020年までに温暖化ガスの1990年比25%削減を目指す日本政府は、排出量取引制度の導入を盛り込んだ地球温暖化対策基本法案を再提出する予定であったが、ねじれ国会となったため、いまの形では難しい状況になっている。フランスは産業界の意向を受け入れ、「経済成長、雇用、競争力、財政赤字の削減を優先する」との理由で、3月に炭素税導入を既に断念している。

年末に結論が出なかった場合の問題となるのは2012年に期限が切れる京都議定書と、それを引き継ぐポスト京都の発効までの空白期間である。規制の空白期間をつなぐ措置として、京都議定書の単純延長を主張してくる可能性が高い。

空白期間への対処に熱心なのが欧州連合(EU)だ。EUは域内で排出量取引制度を運用しているため、国際的な規制の枠組みが無くなると、排出量取引に混乱が生じる恐れがあるからだ。

さらにEU排出権取引市場の排出権価格が不景気で低迷しているため、CO2削減目標を20%から30%に上げて、価格低下を防ぎ、排出権取引に莫大な投資をしているEUの金融機関を救おうという思惑がある。排出量の市場を維持するために、温暖化ガス削減に関する厳しい規制を続けたいのがEUの本音である。

途上国は、削減義務が課せられていないため、京都議定書の単純延長に賛成の立場だ。

一方、中国は、最大排出国になったにもかかわらず、京都議定書上では発展途上国に分類されており、2012年までは、温暖効果ガス排出の削減義務がない。中国政府は、ここにきて排出削減に積極的な姿勢を見せ始めており、先進国のすきをつくように、2011年から国内での排出量取引制度の導入を盛り込む方針を決めた。

中国は、10月には天津市でCOP16前の事務レベル作業部会を初めて主催するが、温暖化対策の「抵抗勢力」であるとの印象を薄めるため、自国に有利な状況を作り出して国際交渉の主導権も握ろうとするしたたかさが窺える。

これまで中国政府は、中国国民の1人当たりのガス排出量は、世界平均に比べればはるかに低いと反論している。米国人は1人当たり年間平均で28バレルの石油を消費するが、中国人はわずか2バレルである。これを理由に、中国は削減義務を回避してきた。しかし新興国といえども大量排出国を削減対象としないのは「公平性」から見ても問題であり、排出量削減義務を負う枠組みが必要であろう。
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核兵器拡散を招く日本の原発ビジネス
2010/08/21(Sat)
長崎市の田上市長が、長崎平和宣言の中で「被爆国自らNPT(核不拡散条約)体制を空洞化させるもので到底、容認できない」と日印原子力協定の交渉を進める政府を非難した。

日本は唯一の被爆国として自ら核兵器を持たず、他国の核武装に協力しないことを国の基本方針にしてきた。核兵器を保有しながらNPTに加盟していないインドとの原子力協定締結は、戦後日本が歩んできた核不拡散の基本政策を根底から覆すもので、NPT体制の崩壊につながる。NPT未加盟国には、原子力平和利用で協力しないことが国際社会の原則である。

インドとの原子力協定を例外として認めれば、核保有を宣言した北朝鮮やパキスタンなどに口実を与える可能性がある。菅直人政権は国民に十分な説明もないまま、重要な政策を方針転換した。

なぜインドとの原子力協定なのか。背景には、地球温暖化対策で「原子力ルネッサンス」といわれる世界的な原発回帰による建設増への期待がある。特に経済成長が著しいインドは大幅増が見込まれ、世界中の原発メーカーの注目を集めていることにある。

インドの原発を受注した米国やフランスの企業は、提携する日本の原発メーカーが製造する原子力機器が欠かせない。米仏両国からの強い要請があり、インドとの原子力協定がないと、原発の輸出ができないからだ。

民主党政権の「新成長戦略」は、原発輸出を重視した官民一体のインフラ輸出を軸としている。米国、ロシア、フランスなどが次々と同協定を締結する中、「原発製造大国」の日本がインドでの原発建設の受注競争に乗り遅れることへの危機感があるためだ。

日本の原発輸出はインドだけでない。中東にも原発の売り込みを図っている。

日本は、昨年暮れのUAEでの原発入札で、赤字覚悟の額で落札した韓国に敗れた。「UAEショック」を受けて、巻き返しを図りたい経済産業省が海外での原発プロジェクト受注に向けた官民出資会社を設置し、「オールジャパン」で中東に原発を売る反転攻勢に出た。

中東の政治情勢は、非常に不安定だ。イラクは戦後復興の途上にあり、イランは、国際社会の反発を尻目に核開発を続けている。イスラム過激派と反米世論が結びつき、中東各国の政権を揺さぶっている。

イランが核武装すれば、サウジアラビアもエジプトも核武装化して、中東地域全体で核武装のドミノ化が広がる可能性がある。

核開発ゲームを続けるイランと自国の安全保障のためには先制攻撃も辞さないイスラエルが、互いに核攻撃に踏み切った場合、中東全域が放射能汚染される悪夢のシナリオが待っている。

今回、日本が原発を売り込もうとしているヨルダンは、イスラエル、イラク、シリアと国境を接する地域にある。将来稼動する原子炉が、紛争やテロの標的になれば、その被害や汚染は当該国だけでなく周辺国まで及びかねない。

産油国の中東諸国は、なぜ原発を必要とするのだろうか。
経済成長に伴う人口増加と急増する国内電力需要を満たすには、貴重な収入源の石油を使うのは惜しいため、石油は外貨獲得の手段にし続ける方が合理的だとしている。

そうした政情不安定な地域であるにもかかわらず、日本政府は経済利益の追求に走り、原発の売り込みに前のめりになっている。急激な原発普及は、使用済み燃料など“核のゴミ処理”問題の深刻化も招く。日本政府は、“死の商人”となって核兵器拡散を助長させるつもりなのであろうか。

原発を核兵器開発に結び付けないという国際的な核不拡散への配慮が必要であるはずなのに、核軍縮の理念と経済利益の間で、“経済利益”を優先させた菅首相は、国民に対して明確に説明する責任がある。
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クラスター爆弾製造会社に融資する銀行のモラル
2010/08/27(Fri)
市民を無差別に殺傷するクラスター爆弾の製造、使用、備蓄やそれらへの協力を禁じる条約が発効した。クラスター爆弾禁止条約に108カ国が署名し、38カ国が批准した。だがアメリカやロシア、中国など大量保有国は締結していない。

クラスター爆弾禁止条約の発効には、非政府組織(NGO)連合「クラスター爆弾連合」が大きく貢献している。NGOが政府に代わってクラスター爆弾の使用や製造をやめさせるための運動を展開してきたからこそ、不可能であった夢を可能にしたのである。

ベルギーのNGOが4月、クラスター爆弾製造会社に投融資する銀行・証券会社を洗い出したブラックリストを公表した。世界15カ国に及ぶ146行の銀行が、主な7社のクラスター爆弾製造会社に資金を投入しており、その総額は 約4兆円に上る。

そのブラックリストには、バンク・オブ・アメリカ、シティグループなど以外に、日本の3メガバンクと大手証券が含まれていた。

クラスター爆弾製造など非人道的な目的に資金を提供しない「倫理的投融資」が欧州から世界に広がっている。ブラックリストに挙げられた三菱東京UFJ、三井住友、みずほの3メガバンクは、同爆弾製造を目的とした資金調達への投融資を内規で禁じる改訂を行い、大和証券投資信託委託は株式運用の対象から外した。

しかしこれは製造への投融資禁止であり、製造企業への投融資禁止ということではなく、欧州の金融機関のような製造企業自体への投融資禁止に至っていない。

3メガバンクは、非公表の内規で処理したが、貯金者や株主のみならず、投融資の基準を社会に情報を開示すべきでないのか。社会の支持が得られない金融ビジネスに持続性はない。

製造メーカーなどは社会的責任活動への取り組みに熱心だが、銀行は遅れている。製造メーカーが社会的責任活動で最も重視するのが、取引先企業の問題である。部品の仕入れ先や外部発注先の環境・社会配慮も、自らのブランド価値を左右するため、基準以下だと取引停止などの措置も講じる。

だが銀行は、一般企業以上に社会的責任を負っているにもかかわらず、融資先に環境問題が生じても社会的責任を果たそうとしないばかりか、環境を破壊してまで、営利を追求しようする。

また銀行は、資産を証券化しオフバランス(帳簿外)にすることによって貸し手責任から免れようとする。だからサブプライムローンのようなインチキな証券化商品を早く帳簿外にして、リスクを免れようとした。オフバランスすることによって銀行は貸し手責任を負わない。つまり、誰も責任を取らないのだ。

欧米では、貸し手責任が厳しく規制されているのに、日本では、貸し手責任は全くない。銀行の貸し手責任を免責する日本政府は、発展途上国以下である。経営責任を取らない銀行経営者や銀行となれ合う金融庁の監督姿勢も問題だ。

消費者の権利を踏みにじった金融商法を行っても、銀行はまったく損をしない仕組みになっている。そのため、銀行はまともなリスク管理をせず、貸し剥がし、土地買い、企業の乗っ取り、利益隠し、住宅ローン借り手の資力を無視した過剰融資など、悪徳勧誘の様々な手口で、数多くの金融被害者が生み出してきた。

銀行と行政による根本的な被害救済策が講じられないため、融資金の強行回収、自宅の強制競売、無法回収、印鑑押印トラブルなど、未だに多くの金融被害者が苦しめられ続けている。企業のコンプライアンス(法令順守)がうたわれているにもかかわらず、金融を行うのに担保物に対する評価をいい加減に行っているからだ。

日本の個人金融資産1400兆円のかなりの部分が銀行に預け入れられている。だが銀行の貸し手責任を厳しくするガバナンスがないため、いい加減なリスク管理で乱脈融資を行い、具体的な中身もブラックボックス化し、バブル崩壊が起こった。

地位も学歴も信用もあるはずのメガバンク、大手証券会社の金融マンが金融商品に化粧を施し、合法的に売り込んでくる。だが、そこには共存共栄の意思はない。

貸し手責任が問われない金融ビジネスに、持続可能性などあろうはずがない。
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