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PIGS問題に見る金融業界の品格
2010/03/01(Mon)
世界金融危機の激震が未だに収まらない。

サブプライムローンの破綻から、リーマンショックによる世界同時不況、さらにはドバイショックを経て、今度はギリシャが財政破綻の危機に瀕している。ギリシャを含む「PIGS」諸国の財政危機が、今また世界経済を揺れ動かしている。

「PIGS」(直訳で豚ども)という造語は、EU諸国の中でも財政危機に直面しているポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインなど4カ国の頭文字をとって、金融業界のトレーダーらが揶揄してつくったものだ。

最近では、「PIGS」に続く造語として「STUPID」(直訳で愚かなヤツ)が登場した。「STUPID」とは、スペイン、トルコ、イギリス、ポルトガル、イタリア、ドバイなどの財政危機に瀕した6カ国の頭文字をとって、揶揄したものである。

さらに新たな造語として、世界最大規模の財政赤字を抱える日本とアメリカに対しても「JAM」(直訳で紙づまり)があてられた。

多くの国が世界同時不況で財政赤字に陥ったため、その弱みにつけ込んだ金融業界が揶揄して、「PIGS」などの造語を流通させている。

たしかに国の財務不安は、カントリーリスクの高まりにつながり、株式の下落、通貨の下落だけでなく、国そのものの信用を表す債券(国債)市場での下落(金利の上昇)が起こる。

しかし金融業界にも問題がある。

英米のアナリストが、さかんにユーロ不安を煽り続けている。また米ゴールドマンサックスが金融技術でギリシャの財政債務の隠蔽を手助けしたことも明るみにされた。

そもそも世界金融危機で実体経済をボロボロにし、世界中に大量の失業者を発生させたのは、金融業界が金融システムを破綻させてしまったからではないのか。世界金融危機の激震地となった金融業界に揶揄する資格などあろうはずがない。それどころか、本来ならばリスクをとって業績を悪化させた金融機関は淘汰されるはずであった。

淘汰されるべき金融機関が生き延びられたのは、多くの政府が協調して世界経済を底割れさせないように、金融システムの安定化と財政出動を図ったお陰ではないのか。財政赤字になったのは、世界経済を破綻寸前まで追い込んだ金融業界であって、国家のせいではない。むしろ品格のない金融業界を救済してくれた国家に敬意を払うべきであろう。

金融業界は、リスクをとるだけとって、投機・ギャンブルなどのマネーゲームに失敗したツケを各国の国民に押し付けて、莫大な税金が投入されたことを忘れたのであろうか。

さらに言えば、世界金融危機を招いたのは、金融業界が過剰な流動性を不動産や証券などに投機融資して不動産バブルを発生させたことによる。多国籍企業、証券会社、ヘッジファンド、銀行などの巨大金融機関が、金融活動によるグローバル資本主義を主導した結果、モノ(商品)の取引をはるかに上回るマネー(資金)の取引が行われるようになった。

しかしその巨額の投機マネー(短期資金)は、バブル経済とその崩壊による金融危機を繰り返し起こした。リスクを隠蔽するような証券化ビジネスは、詐欺に詐欺を重ねたような商法である。過剰な投機マネーに対する国際的な金融規制と監視を強化することは、当然の流れだ。

今のデフレは、企業部門が貯蓄超過になり、金融機関の金融仲介機能の健全性が崩れているためである。だからこそ金融機関は、不安ばかりを煽るのではなく、本来の金融仲介機能の維持に努め、世界経済の安定化に協調すべき重要な役割があるはずである。

金融機関の役員報酬は1億円以上の額に上ると言われるが、それに相応しい仕事をしているとは疑問である。

高い公共性が求められる金融業界が真剣になって、金融仲介機能の健全性に取り組まないとするならば、逆に各国の国民から「PIGS(豚ども)」と呼ばれるだけである。
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民意を集約する熟議民主主義のすすめ
2010/03/08(Mon)
「熟議民主主義」が最近、注目されている。

熟議とは、「熟慮し議論する」ことである。自分の意見を明確に述べるとともに、他者の異なる意見にも耳を傾け、一部のリーダーの判断で決めるのではなく、大勢の声を聞いて熟慮と討議を重ねながら合意形成を目指そうとする考え方である。

対話や討議の中で解決策を模索する「熟議民主主義」は、90年代にアメリカで広まった考え方で、日本でも、民主党の一部でその手法の導入が検討されてきた。

従来から民意を集約するために、「投票民主主義」が実施されてきたが、それだけでは不充分である。常に優れた資質を持つ政治的リーダーが選ばれるとは限らないし、意思決定過程が世襲議員など一部の固定化された政治家だけで寡占されている。

有権者の方も、政治家に「自分のために」「地元のために」何かをしてほしいと要求するため、金権政治や利益誘導が生まれる。また十分な情報を知らされないまま、思い込みや思いつき、思考停止の状態で投票してしまっていることも多い。若者は投票に行かないため、世代間投票格差も生じている。

さらには合意形成に時間が掛かり、時代の変化に柔軟に対応できない場合も少なくない。そして選挙制度も不完全で、未だに投票格差が是正されないまま放置されている。

機能不全となった「投票民主主義」を補完するためには、「熟議民主主義」の導入が必要である。

「熟議民主主義」は、知識や理解レベルの異なる市民が専門家を交えて討議をすることにより見解や意見を発展させていく「熟議」をベースとした民主主義とも言える。専門家と素人の力を合わせることによって新しいアイディアが生まれたり、より良い意思決定につながる。アメリカでは、従来の「投票民主主義」に加えて、「熟議民主主義」を導入すべきだという動きがある。

だが既に、「熟議民主主義」が実施された国がある。2008年にオーストラリアで実施された市民サミットがそうである。

オーストラリア各地から集まった約1000名の市民代表が、将来の国のあり方について意見を出し合う「オーストラリア2020サミット」が開かれた。この市民サミットは、労働党政権のラッド首相が2020年を目安とした同国の長期的戦略を立てる上で国民から新しいアイディアを提案してもらおうと呼びかけたものだ。

日本でもようやく、民意を吸い上げる新しい形をつくる「熟議民主主義」の試みが始まった。

「熟議」に基づく教育政策形成の在り方を考えようと、文部科学省で二月からユニークな議論が始まった。従来、霞ヶ関で多用されてきたのは、利益集団や専門家が代表とする審議会で政策形成がなされ、官僚が台本を書いていた。

今回の懇談会は、それを見直し、民意を吸い上げる新しい形として、広く国民から教育について意見を求めるため、現場での対話やインターネット上での議論を活用しながら、地域から国レベルの政策まで検討しようとしている。

この懇談会は、座長を務める慶応大学の金子郁容教授が提唱した「コミュニティー・スクール」に基づいている。学校の中に運営協議会を設け、地域住民も参加して地域の学校が抱える課題について熟議する仕組みである。

今の政治の現状を見ても、「数と力」による国会運営がまかり通り、固定化されたメンバーで党利党略が優先されている。また政策の本質と関係ないところにこだわり、まともな議論をしていない。

政策合意形成には、現場との対話を重視する「熟議の政治」が必要である。

民意を集約する政治制度そのものが問われている。司法の裁判員制度と同様、立法にも国民の常識が参加する政治制度が求められる。
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格差社会とシルバー資本主義
2010/03/13(Sat)
犬が「モノ扱い」でなく、生き物としての社会的価値が認められた初めての判決が先日、名古屋地裁であった。

盲導犬サフィーがトラックにはねられて死んだ事故をめぐり、犬を訓練した盲導犬協会が訓練費用などの損害賠償を求めていた裁判で、名古屋地裁は、障害者を支える盲導犬の社会的価値を認め、運転手側に計294万円の賠償支払いを命じた。

しかし人間の場合は、犬とは逆に、非正規雇用の拡大で未だに人間を「モノ扱い」にする格差社会が拡がっている。

日本は先進国の中で、もともとセーフティネットが最低水準なのに、セーフティネットを削減したことにより、貧困層がさらに増大した。特に貧困率が高い世帯は、「母子家庭」「高齢単身者」「若年層」に見られる。また「子どもの貧困」が深刻化して「教育機会の平等」が失われ、希望の見えない社会になっている。

GDPが成長しても、その富の再分配を行わず、公平性の問題を無視したため、不平等や格差が拡大し、社会や政治の不安定につながった。

アメリカをはじめ、新自由主義を取り入れた国ほど、社会の不平等度が高いと言われている。新自由主義の自己責任原理で、本来ならば政府と企業が取るべきリスクを個人に押し付けて、貧困は「自己責任」とされてきた。

社会で一番大切な資源が人間であるはずなのに、貧困を「自己責任」として放置され続けている。

しかし多くの専門家が指摘しているように、ニートやひきこもり等の背景には貧困問題があり、社会全体で解決していかなければ、日本社会にとって大きな損失をもたらす問題となる。貧困は「自己責任」ではなく、「社会の責任」である。

こうした若者が活躍するチャンスを奪ってきたのは、老人が政治・経済を支配するシルバー資本主義に原因があると、勝間和代氏は批判する。人口が高齢化しているため、政治家や経営者が高齢化し、政策も高齢者向けになる。それが国の活力を奪い、若者のチャンスを奪い、経済も沈滞化するという考え方だ。こんな状況を解決できるのは、人任せにするのでなく、一人ひとりがチェンジメーカーになることだと主張している。

たとえそうだとしても、意思とスキルを持ったチェンジメーカーになることは容易なことではない。むしろ社会全体で格差社会を解決する方が先決であろう。

格差社会の最大の問題は、世代間格差だ。もともと日本の個人金融資産は高齢者層に偏在しているため、失われた20年で「持てる高齢者」と「持たざる若者」との所得格差が大きく拡大してしまった。高齢化が所得格差拡大につながったことから、高所得層への課税強化が必要である。累進税率と相続税などの引き上げを行うべきではないのか。デフレ対策にもなる。

非正規雇用と正規雇用の格差是正には、北欧の「増税+社会保障充実」、オランダモデルの「ワークシェアリング」、イギリスの「同一価値労働同一賃金」、労働力の安売りをしないで済む「ベーシックインカム」や「給付付き税額控除」などから、思い切った対策を導入すべきである。

教育格差の是正には、政府は教育にもっと投資して、非熟練労働者を少なくすることである。さらに一つの職業から別の職業に転職しやすいように職業訓練プログラムを充実させる必要がある。

日本の福祉制度は、企業などの市場経済部門に大きく依存しているため、政府部門と市民セクターの非営利部門を含めた公的な福祉制度の整備を強化すべきである。

格差是正には、既得権を打破する上記の政策が不可欠である。いつまでも既得権擁護の議論ばかりしている限り、格差社会は解消できない。
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借金1千兆円で日本破綻
2010/03/18(Thu)
巨額の財政赤字を抱える日本は、財政危機に陥っているギリシャの比ではない。

日本の財政悪化に拍車がかかっている。財政赤字は、先送りしているとさらに大きくなる。今のままだと、10年もたない。その先待っているのは、日本国の破綻である。国家の破綻は決して絵空事ではない。

景気対策や高齢化で歳出が膨らむ一方、不況の影響で税収が急落して、財政と経済悪化の悪循環により借金がどんどん増え続けている。

人口減少社会で、デフレ状態に陥り、経済成長の先行きも期待できない国になっている。助け舟も未来の道具もなく、日本は「ドラえもんのいない、のび太君」状態である。

政府の借金は、GDPの2倍になり先進国で際立って大きく、最悪である。国民1人当たり約750万円の借金を背負っている。歳出を税収以下に抑制しても借金返済に100年以上かかるという。今の世代が負うべき税負担を、将来の世代に押し付けている。

評判の悪い「子ども手当」も、将来世代の子どもに借金させて親に生活費を支給するバラマキ政策である。民主党政権は「無駄の削減」を掲げながら、「子ども手当」のバラマキで相殺されるのでは何の意味もない。

「コンクリートから人へ」といってもバラマキ体質そのものは変わらない。人気取りのための「バラマキ政策」が、いかに日本を危険な状況に陥らせるかに気付くべきである。持続可能な手立てを考えるのが、政治家の仕事だろう。

年金制度や財政は、高齢者(古い世代)に属するものほど多くの収益が得られるが、子孫(新しい世代)の時点でそのシステムが破綻してしまう、国営のネズミ講である。

今は家計の個人金融資産が政府の借金を引き受けているが、債務残高が個人金融資産を上回ると、借金を引き受けきれなくなる。このままだと10年もたず、高齢化で預貯金を取り崩すと破綻がもっと早くなる。

国家破綻を回避するには、政府が赤字体質を改めて借金依存から脱却することである。それには増税と大幅な歳出削減が実行できるかどうかの政治的問題にかかっている。しかし政治が劣化しているため、増税による財政再建が困難だということがわかってくると、国債相場が暴落して金利は跳ね上がる。株価も過去最大の下落幅になる。

増税も大幅な歳出削減も不可能な以上、残された道は二つしかない。

一つは、現役世代が政府のバラマキで使ってしまったお金を子孫の世代が馬車馬のように働いて借金返済することである。もう一つは、現役世代が責任を取って借金をチャラにしてから健全な日本を子孫の世代に引き渡すやり方である。前者はまずありえないから、後者しかない。

借金財政に歯止めが利かなくなれば、制御できないハイパーインフレで、借金は帳消しになるが、円の通貨も暴落する。老人の資産が消滅して世代間格差がなくなり、実質賃金の切り下げによって新興国との賃金格差もなくなる。それしか道は残されていない。

しかしこれだけひどい借金財政になると、国債は暴落すると言われているのに、国債市場は落ち着いており、低金利の状態が続いている。

景気不況で企業の借り入れ需要がなく、個人の預貯金が銀行に集まっているため、銀行が消去法で国債を買っているだけで、国債バブルになっている。

そう遠くない将来に国債バブルが崩壊する。国債が暴落すると 邦銀が一斉に売り逃げ、それを買い支える日銀のオペで通貨が大量に供給され、 ハイパーインフレが起こるという破局のシナリオだ。

今は嵐の前の静けさに過ぎない。
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個人が過重なリスクを背負う社会
2010/03/24(Wed)
国民の幸福度を表す指標づくりが最近、注目されている。

国の豊かさというと、「国民1人あたりGDP(国内総生産)」で測られることが多い。

GDPは、人間の幸福に役立つ、役立たないに関わらず、あらゆるモノの生産や流通を単に合計しただけである。さまざまなマイナス要因も、お金さえ動けばGDPに加算されている。

だが「幸福度」で調査すると、先進国で最低に近い水準である。他国と比べて「幸福度」の差は歴然で、さらに自殺率が非常に高いことから日本の経済・社会・政治の仕組みに根本的な欠陥がある。

幸福になれない要因のひとつとして、年齢に関係なく、働き過ぎる長時間労働の問題がある。労働時間に関する規制が弱く、終身雇用保障の代わりに長時間労働を強いられている。また労働法には「同一労働同一賃金」の原則がない。

サービス残業や過労死・過労自殺が大きな社会問題になっているにかかわらず、国と企業は一向に、過労死・過労自殺に対し歯止めをかけようとしない。歯止めどころか、さらに過酷な労働環境を作り出し放置している。

非常識な長時間労働前提の働き方を見直さなければ、家事、育児の分担は困難で、女性の就業が難しくなる。日本の少子高齢化はさらに深刻化する。

若者は非正規の不安定雇用や長時間労働で結婚できない。少子化対策には正規雇用を拡大し若者の自立を促し、長時間労働の是正に取り組むことが必要である。

日本は企業中心社会である。しかし企業が労働者の人生を支配する雇用制度や福祉制度は、非正規雇用の拡大で機能不全状態にある。

こうした雇用・福祉リスクについては、個人でリスクを抱えるのではなく、社会全体で公平にリスクを共有すべきである。性別や雇用形態に差別されない公平な労働市場を確保することが重要である。

すなわち「同一労働同一賃金」「男女間や正規・非正規雇用の均等待遇」「総労働時間規制を強化したワークシェア及びワークライフバランス」の実現が不可欠である。

さらに幸福になれない要因として、日本の再分配政策の機能が弱いことにある。所得格差の拡大が社会問題化し、失業、賃金下落、倒産といった経済的リスクを個人が負うことは、合理的ではない。

日本人が幸福を感じないのは、「個人」が過重なリスクを負担する社会で、希望の喪失した閉塞感があるからだ。

「社会全体」が公平にリスクを負担する社会へシフトするためには、欧州型の雇用・福祉制度に改革する政策の転換が必要だ。

生活の糧を失った人でも容易に再挑戦できる寛容な社会を作らない限り、幸福度が高まることは望めない。
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新薬価制度でドラッグ・ラグは解消しない
2010/03/30(Tue)
薬害と並ぶ「ドラッグ・ラグ」問題は、日本の薬事行政の機能不全が原因となっている。

「ドラッグ・ラグ」の改善を目指して、患者が声をあげ、国もようやく本格的に取り組みを始めた。この4月から新しい薬価制度による「壮大な社会実験」がスタートする。

厚労省は、日本で未承認の薬や保険適応外の薬でも、治療に使えるようにする新しい薬価制度をつくった。海外で承認されている薬が日本で認められるまでに遅れが生じる「ドラッグ・ラグ」を解消するのが目的だ。

薬の特許期間中は薬価を維持する代わりに、製薬会社は、学会や患者団体などから求められている未承認薬・適応外薬の開発に取り組まなければならない仕組みになっている。未承認薬などの開発要請に応じなければ、新薬価制度の恩恵が受けられないという「ペナルティー」が待っている。

国は、薬価制度に不満を持つ製薬会社の要望を採り入れ、その代わりに未承認薬・適応外薬の開発に向けた取り組みを促した。いわば「アメ」と「ムチ」で、「ドラッグ・ラグ」を無くす狙いだ。

「ドラッグ・ラグ」問題の対象になるのは、外資系企業が多いため、未承認薬・適応外薬の開発ノルマは外資系に偏るという。

未承認・適応外薬の開発を製薬会社に促す仕組みは、以下のとおりだ。

患者団体や学会から適応拡大などの要望があった中から、厚労省の検討会議が「医療上の必要性がある」と評価した薬について、国が製薬会社に開発を要請する。

製薬会社は海外の臨床試験データなどのエビデンスを集めて、薬事承認申請できるのか、国内で追加の治験を行う必要があるのか判断する。さらに厚労省の検討会議はその判断が妥当かどうかを評価する。

「治験は不要」なら、製薬会社は国の開発要請から6カ月以内に承認申請を行う。「治験が必要」とされたときは、1年以内に治験に着手することが求められる。

しかし「ドラッグ・ラグ」問題の解消を製薬企業に押し付けるだけでは、根本的な解決につながらない。

適応拡大の要望は300件以上あり、その承認申請が集中すると、審査を担うPMDA(独立行政法人・医薬品医療機器総合機構)が対応できなくなりかねないからだ。

海外では、薬事法で適応の承認を全部取っていなくても、保険が認めた適応については使用できる国が多数である。すなわち薬事承認と保険支払いは別々になっている。適応外薬の対応方法として、主要な疾患に承認されたら、後は主要な臨床試験のエビデンスがあれば、順次保険適応とされる仕組みになっている。

全部の適応を薬事法で承認されないと、保険の適用にならないのは、日本だけである。日本は、本来別々にすべきものを連動させてしまっている.日本も海外と同様な仕組みを導入すべきである。

また「承認」以外のアクセス方法がないことも問題だ。
海外では、承認前の薬剤を使うためには、「仮承認」の制度があるし,緊急時に一時的に未承認薬を使えるための制度もある。

海外で認めている薬を後追いで処理するだけでは、「ドラッグ・ラグ」はいつまで経っても解消されない。
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