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事業仕分けが「お任せ民主主義」からの脱却を促す
2009/12/04(Fri)
行政刷新会議の「事業仕分け」が国民の大きな関心を集めた。国家予算の査定の様子がすべて国民に公開されたことは画期的で、費用対効果の分からない事業に無駄な税金が使われていたカラクリがあぶり出された。「事業仕分け」は、行政評価の手法として有効で、国民との距離を縮めたことから、「お任せ民主主義」を脱する契機になると感じた。体育館民主主義だとか、新しい民主主義の模索が始まったと評する人もいる。

今回の「事業仕分け」は、「天下り」を無駄とする行政刷新会議と「予算縮減」を求める財務省が主導して進められたが、その手法については様々な賛否両論があり、多くの教訓を残した。だが、最大の功績は、無駄な事業予算を切る以上に、予算策定の問題を浮き彫りにし、国民の前に可視化したことである。先進国で最悪である日本の財政赤字は、予算編成の透明性がないことに起因している。納税者への説明責任を果たすためにも、予算折衝の過程は全て透明化し、可視化すべきである。

国会の委員会、財務省、会計検査院など予算を精査する機関が多くあるにもかかわらず、これまで所管官庁や族議員の抵抗で進まず、密室で予算編成が行われていた。だからこそ、「事業仕分け」を公開の場で行ったことが重要なのである。「天下り」と予算無駄遣いの温床となっている独立行政法人や公益法人に対する支出が見直されたのは、画期的な成果であった。

民間ではコスト分析を行い、費用対効果を考えるのが当然であるが、行政には費用対効果などの情報がなく、まともな政策評価を行っていない。各省庁の説明者はプレゼンテーション能力が低く、データ開示もないため、説得力がなかった。民間ならプレゼンの出来不出来が、仕事を取る上で死活問題になる。お役所仕事で、事業改善を図るマネジメントの発想がない以上、国民の税金をいくら投入しても、無駄な予算が積み重なるだけである。

次世代スパコン事業が事実上の凍結と判定されたことに対して、ノーベル賞受賞者6人を含む科学関係者が「科学技術立国」を盾に猛反発した。しかし、数百億円規模の開発費用が必要とされているスパコンは、低価格の3800万円で製作可能になっている。秋葉原で調達した安価なCPUを大量につなげるプログラミング開発で製作したスパコンが、国内最速の「地球シミュレータ2」の性能を上回り、演算速度日本一を達成した。しかもこの低価格化スパコンを製作した研究者は、「スパコンのノーベル賞」とも呼ばれる米国電気電子学会の「ゴードン・ベル賞」まで受賞している。科学技術振興策の予算も他の予算と同様、科学技術予算の大部分が、天下り官僚やITゼネコン業者にピンハネされてしまう調達システムの構造があり、そこに査定のメスが及ぶべきなのに、議論の方向性が違っている。

「事業仕分け」は、財政赤字の拡大に苦しんだカナダが、90年代に取り組んだ「プログラム・レビュー」がモデルになっている。カナダの「事業仕分け」は、財政赤字を2年以内にGDP比3%以内にするという目標を設定した予算制度改革を断行し、財政再建に成功した。支出の削減率は、省庁によっては、2,3割にも及ぶほど厳しいものであった。カナダは、財政黒字に転換したおかげで、先進国の中で金融危機による影響が最も少なかった。

カナダの成功例を見ても、「事業仕分け」は、持続可能な均衡財政をもたらす可能性がある。真の行政刷新は、中央省庁の事業予算の査定だけでは不十分で、全国の各自治体レベルまで拡大する必要がある。そのためには、事業仕分け基準の明確化と、仕分けの対象を事業だけなく、政策まで拡大することが重要となる。また仕分け人の範囲を、財務省主計局、有識者、専門家、公募による一般国民、事後チェックを行う会計検査院、行政評価を行う総務省まで拡大して、行政組織全体の効率さを査定する必要がある。「事業仕分け」は、国民が主体的に国のありかたを論じる契機になるはずである。
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女性や高齢者の活用が、持続可能な経済社会を実現
2009/12/11(Fri)
日本は、経済効率を優先した企業中心社会を形成することで経済発展してきたが、一方でその弊害や問題点が多岐に亘っている。特に企業中心主義は、企業組織の論理を優先するため、生産活動を支える就業者の生活全般が企業と一体化し過ぎており、弊害が大きい。また若年労働力による生産活動を前提にした企業中心社会は、生産活動や社会参加が少ない高齢者や女性への配慮がない経済社会システムになっている。

政府の高齢社会白書(2009年版)によれば、全人口に占める65歳以上の高齢者の割合は22.1%に達し、75歳以上の高齢者は10.4%と1割を超えている。4人に1人が高齢者になると、総人口の半分近くが生産活動しない人(就業前の人口も含め)で占められ、生産年齢人口がさらに減少するため、社会の活力が衰退する。国の財政赤字で増税や年金保険料を上げても、総人口の半分を占める高齢者や子供を養うことはますます困難になり、いずれ社会福祉サービスが破綻する可能性がある。人口高齢化は、年金、介護、医療などで社会的負担を増大させる問題として捉えられ、ネガティブなイメージになっている。

しかし、65歳以上の高齢者の大半は、医療や介護の対象になっておらず、健康であり、しかも就業意欲や社会参加意欲が高い。こうした高齢者が、高齢化社会の進展に伴いさらに増加するにもかかわらず、現在の経済社会システムは、高齢者のニーズや社会貢献ポテンシャルに応えていない。高齢化の進展に対応するためには、社会的仕組み作りを含め、社会全体の問題として取り組むべきである。高齢者は、長年にわたり知識や経験を積み、様々の事に熟達していることから、地域社会の社会資源として活用すべきである。

一方、未就労の女性も経済社会において十分に活かされていない。女性の就労率は先進国の中で下位にある。少子化が進む日本は、労働力確保に女性の人材活用が重要である。女性の高学歴化が進んでいるにもかかわらず、就業率が低く、男女格差が広がっている。女性の約7割は、出産を機に退職するため、その大半が育児休業制度を利用していない。

また子供が成長した後に再就職しても、低賃金で不安定な「自分の能力以下」の仕事が多い。所得税や保険年金制度の仕組みと同様、企業の配偶者手当の仕組みも、専業主婦である妻の就労に対して抑制的である。高学歴女性でもキャリアと母親業の両立が困難な状況であり、人的資本への投資が無駄になっている。女性のキャリア進出を阻む「ガラスの天井」は、日本において最も顕著である。さらに専業主婦の妻を持つ男性は長時間労働であるため、妻に無報酬での育児や家事労働を強いている。

女性の社会進出を促す政策が必要である。配偶者控除等の在り方を含め、サラリーマンの妻が就業形態を自由に選択して働くことを妨げないよう、所得税・社会保障制度の見直しが重要である。そのうえで、母親の就労を支援するため、現金給付の子ども手当より、保育園を拡充して待機児童をなくす政策を優先すべきである。人口減少による日本の将来の労働力不足を回避するためには、働く母親への支援策が必要である。

国連開発計画が公表している女性の社会進出度を示すGEM(ジェンダー・エンパワーメント指数)は、発展途上国よりも下位にある。欧米の先進国では、80年代の経済危機下の産業構造転換を女性の人材活用で乗り切ったこともあって、女性の活用は、産業再生に不可欠であるという常識になっている。世界的にも女性の活用は、競争力の柱になっている。GEM順位が示すように、日本は、経済発展のわりには、女性の活用が進んでいない。男女雇用機会均等法が施行されているのもかかわらず、男女の賃金格差などの改善が依然として進んでいない。

障碍者もまた潜在的人材でありながら、社会で十分に活かされていない。米国では、障碍者が、神からチャレンジという使命を与えられた人として、チャレンジドと呼ばれている。障がいをマイナスとのみ捉えるのでなく、社会のため、ポジティブに生かして行こうという考え方である。ハンディキャップは個性ではなく、新しい力でもある。日本も、チャレンジドが自立・参加により能力を発揮できるように、就労支援、発達支援、多様な働き方、自己実現を選択できるような社会環境の整備が必要である。

生産年齢人口の減少を抑制するためにも、潜在的人材である高齢者、女性、障碍者、若者などが、就労・社会参加できる経済社会システムに転換することが重要である。働く意欲のある全ての人々が、年齢、性別、就業形態に関係なく能力を発揮する「全員参加型社会」の実現に便宜を図る法制度の整備が求められる。
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芸術文化振興に寄付免税の見直しが必要
2009/12/17(Thu)
行政刷新会議の「事業仕分け」で、新国立劇場運営財団に業務を委託している独立行政法人「日本芸術文化振興会」への助成金をはじめ、芸術家の国際交流や、学校への芸術家派遣などに対する芸術文化事業予算が縮減・廃止と判定された。これに対して、著名クラシック音楽家などが緊急アピールを行い、「芸術とは人間を育てるものであり、手間と時間がかかるものですぐに結果を得られるものではない」と、「事業仕分け」の判断基準に異を唱えた。また「寄付税制の見直しなど芸術を支える方法を根本から再考することが必要だ」と訴えた。

一方、仕分け人の評価コメントとしては、「文化振興は国の責務か民間中心か議論が必要である」、「文化振興は地方に委ねるべきだ」、「芸術・文化に国がどう税を投資するか明確な説明がなされない」、「寄付を集める仕組み作りの努力が不足している」、「国庫負担を将来はゼロにするよう求める」などと、芸術文化関連の予算に厳しかった。

■ 文化は、公益を担っている
芸術、音楽、映画、科学、スポーツ、教育などの文化活動は、日々の生活や人と密接にかかわっており、社会の大きな財産になっている。文化は、みんなのためになるという公益を担っているため、社会全体で「文化」の担い手を育てることが重要である。欧米では、「文化」の担い手に対する寄付金は課税対象としない優遇税制を導入している。それが「文化」の力を活用した「文化産業」を盛んにし、社会に対してインパクトを与え、大きな経済効果も生んでいる。

日本の政府や自治体が行う「文化行政」は、中味のないハコモノをつくり、特定団体に補助金を出すばかりで、本当の「文化」育成を行っていない。ハコモノ行政から脱皮して、豊かな「文化」が育ち続けるインフラをつくるには、寄付税制の改革が大変重要である。お役所が決めて金を出すのではなく、国民一人ひとりが、直接「文化」にお金を出すことができるような仕組みが必要である。

■ 寄付をすると、税金を取られる税制度
欧米では、税金も寄付も社会に対する貢献とされている。社会にお世話になり、社会から利益を受けている以上、自分の収入に見合うだけの支出を、社会を維持するためのコストとして払っている。税金と寄付との間に差はない。だから、税金で貢献するか、寄付で貢献するかを国民は選択できる。寄付をすればその分税金は控除される。そのため、税制は個人寄付・法人寄付に与える影響を考え、多くの国では寄付を他の支出より優遇するように税制が設計されている。

また欧米では、公益性と関係なく誰でも非営利の法人を設立できる。その中で、公益性があると認められた団体は寄付免税の対象となる。寄付免税の対象となる団体の範囲は日本より幅広く、法人格をもたない団体も対象となっている。

ところが、日本では、寄付をすると、特定公益増進法人(控除対象)などを除いて、所得とみなされて税金を取られる税制度になっている。控除対象となる認定NPO法人も非常に少ない。寄付を優遇しない税制度では、寄付する習慣がなくなり、寄付文化など育たない。若い音楽家がコンサートで、「日本には、寄付にかかわる税制が壁となって、プロの演奏家が育ちにくい」と訴えている。

■ 税制が、国のかたちを決める
米国では、オーケストラや劇団などの芸術団体の多くがNPOとして運営されている。NPOに対する充実した寄付免税のおかげで、映画をはじめとした文化産業には多くの資金が集まり、社会全体の活性化に貢献している。寄付文化が社会全体に根づいている。

税制は、「国のかたち」を左右すると言われる。税金は、経済から見た「国のかたち」で、そこにいろんな利害が反映される。しかし、何のために税金を払うのか、払うに値する仕事を政府はしているのか、税金を払う以外に違った方法はないのかといった観点から考えることが重要である。税制のあり方については、まさに国民が決めることであり、使う立場あるいは徴収する立場の議論ではなく、納税者の払う立場の議論が必要である。

12日に千葉県の生活支援サービス施設などを視察した鳩山首相は、「公的な支援が入らない生活支援がたくさんある」と述べた上で、「税制の問題で寄付税制を変えることが大事であり、税金を国に納めるくらいならその一部を施設やボランティアの人たちに支援したい」と語った(何も決められないモラトリアム人間といわれる総理であるだけに、その実現性に疑問符が付くが)。

日本も先進国並みに、寄付免税枠の大幅拡充への再検討、税で納めるか寄付とするかの個人と企業の選択肢を拡大する寄付納税措置、使途指定型寄付制度の確立など、寄付を増やすような政策体系を考えるべき時期に来ている。
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科学より国益を優先させたCOP15は失敗に終わった
2009/12/22(Tue)
地球温暖化の影響とみられる気候変動で、身近な果物に異変が起きている。四季の寒暖の差が減少しため、色づきなどの品質が悪くなったり、果肉がやわらかくなったり、従来の季節に食べられなくなったりする事態が生じている。世界各地の農作物にも、さまざまな異変が起きている。ワイン用ぶどう栽培は、最適とされる気温の幅が狭く、気候の変化による影響を受けやすいため、仏国内のワイン産地では高温被害が出ている。

地球温暖化がこのまま進めば、人類には温暖化地獄の苦しみが待っている。果物の異変だけでなく、自然災害(洪水、台風や竜巻の発生、飢餓、干ばつ、シベリア永久凍土からメタンガスの放出、自然火災)などで温暖化地獄の兆しを、既に目にしている。最近では、地球は温暖化地獄の1丁目(夏の北極海氷が臨界点を超えて消滅しつつある)に入り、2丁目(グリーンランド氷床の全面溶解の開始)と向かっているという。世界の平均気温が2度以上上昇すると、地球は壊滅的な打撃を被るため、温度上昇を2度以内に抑えることが、世界各国政府の最大目標となっている。

しかし、地球温暖化が世界各国の共通課題であるにもかかわらず、COP15では、温暖化対策の重要性を共有するどころか、科学より国益を優先させ、先進国と新興・途上国との利害対立が激しかった。「中国など新興国も削減目標を設定すべきだ」と主張する先進国と、「先進国だけが削減義務を負っている京都議定書の継続」を主張する途上国と激しく対立した。

また途上国と新興国との対立もあった。温暖化による海面上昇で水没が心配される南太平洋の島国ツバルが、中国やインドなど新興国に対し、法的拘束力を伴う2013年以後のCO2排出削減務を受け入れるよう求めた。気候変動の脅威を肌で感じているツバルの代表が泣きながら、「私たちは生存をかけて交渉している」と訴えていた。

最大の焦点であった温室効果ガス排出の削減目標の義務づけは、自国経済への影響を懸念した米国などの抵抗で先送りとなった。結局は、京都議定書にかわる新たな法的拘束力のある議定書は作成できるどころか、法的拘束力のない政治合意だけで終わり、温暖化防止という本来の目的からは程遠いものとなった。世界の排出量の4割を占める最大排出国である米中抜きの枠組み(不平等条約である京都議定書)を変えるチャンスは遠のいてしまい、COP15は、失敗に終わった。

一方、「2020年までに1990年比で温室効果ガスを25%削減する」目標と途上国支援策の「鳩山イニシアチブ」を掲げた日本は、米中の狭間で存在感を失って交渉をリードすることはできず、国際交渉における指導力のなさが目についた。

温暖化は先進国の責任と反発する途上国に対して、温暖化防止にライフスタイルを変更しない米国、その米国のライフスタイルを後追いする中国などの新興国、CO2排出権取引だけに熱心なEU、お金を出すだけでリーダーシップのない日本などが国益を優先している以上、今回の結末はCOP15開催以前から予想されていたこと。政治家は言葉通りに、地球温暖化の危機を直視し行動に移しているのか、大いに疑問である。

国連は、COP15で温室効果ガス排出削減交渉が成功裏に終わっても、世界の平均気温は3度超上昇するとの独自試算を明らかにした。科学より政治優先で利害対立が続くかぎり、極地の氷はさらに解け、海水の酸性化が進み、深刻な水不足となり、世界はなお持続不可能な道筋を辿り続けなければならない。
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医師不足解消に、医師でない医療専門職が治療する
2009/12/28(Mon)
最近、医師不足が深刻化している中、医師に代わって軽い怪我や風邪などの簡単な初期診療を看護師に担わせようとする動きがある。この看護師のことを「ナース・プラクティショナー(診療看護師、NP)」という。NPは、米国などで広く活躍している。

米国では、風邪やねんざなど簡単な初期診療、急性の病気の手当て、薬の処方、予防注射などを行うことができる小さなコンビニ診療所がはやっている。診察するのは医師でなく、NPやフィジシャンアシスタント(医師助手、PA)と呼ばれる医師でない医療専門職が、医師の仕事の一部を担い、地域医療を支えている。利用者の支持は強く、1日12時間営業、休日なしで予約不要の利便性が受けている。

また病院では、医師は重症患者に専念して、軽症患者の治療はPAやNPに任されているところが多い。大学病院でもPAが活躍しており、心臓外科、循環器科、整形外科、脳外科といった専門性・緊急性の高い科において重要な役割を果たしている。その内容は、日々の診療、カルテの記入、手術前後の患者の管理、同意書の作成、麻酔、薬の処方せん、検査のオーダー、ICUおよび一般床での術後管理と多岐に亘っている。

日本なら医師でないとできない医療行為を、米国ではPAやNPなどが担っている。NPが14万人、PAが8万人いて医師の仕事の多くを支えている。PAは、医師の監督の下に医療行為を行う資格を有し、医師が行う医療行為の8割方をカバーしている。日本の看護師から受けるイメージとは別物である。PAは、大学院の専門課程で2~3年をかけて養成され、国家試験を経て資格を得る。医師の助手として、医師と協力して患者のケアにあたる。NPは、医師がいない過疎地での地域医療に貢献しており、PAは病院内で働くことが多い。

医療が高度化されるのに伴い、医療現場のニーズに即して、従来医師の仕事であった診療の一部(新たな検査導入の説明、患者への治療説明、必要書類の準備など)を医療専門職に移している。米国の医療現場では、PAはいまや不可欠な存在となっている。PAやNPは、医師ほど責任が重くなく、忙しくない上に、安定した収入が見込めるとして、人気職業ランキングでPAは2位、NPは4位と人気の職業となっている。米国以外でも、カナダ、オーストラリア、韓国、フランス、イギリスなどで、既に同様の制度がある。

日本でも、医師不足による医療崩壊が深刻である。その対策として、単に医師の数を増やすだけでは解決できる問題でなく、より基本的な医療提供体制の見直しが必要である。医師でなくても対応可能な業務まで医師が行っている。また看護師等の医療関係職は、その専門性を発揮することができないとの指摘もある。

そのため、看護師ら医師以外の医療従事者の役割を拡大しようと、NPやPAの導入を訴える声が高まっている。NPの人件費は、医師に比べて低いため、NPの導入は、医師の負担軽減だけでなく、医療費の抑制効果も期待されている。またNPに外来業務を任せれば、患者の振り分け効率化がアップして患者の待ち時間短縮にもつながる。しかし、開業医中心の日本医師会は、「医療の質が落ちる」として、導入に反対している。一方で、深刻な人手不足に悩む自治体病院「全国自治体病院評議会」は賛成している。

また過重労働などで外科医希望者が減少し、外科医不足が心配される外科系医師の学会からも、NPやPAの養成を望む声が上がっている。医療の質と安全性を高めるためには、チーム医療による分業が不可欠である。さらに医師の業務負担削減の手段として、チーム医療の推進や、医師とコメディカル(看護師など、医師の指示の下で働く医療従事者)の役割分担が必要とされている。

厚生労働省は、地域の医師不足、病院勤務医の就労環境悪化などを受け、チーム医療を進める上で欠かせないスキルミックス(多職種協働)を推進しようとしている。 スキルミックスは1990年代に医師不足、看護師不足に悩んだOECD諸国で、その養成に時間とコストがかかるこれら職種のあり方や機能が議論された結果、生まれた概念である。スキルミックスは単なる役割分担ではなく、医療チーム内における権限と責任の委譲を伴っている。また厚労省は、チーム医療を推進し、医師と看護師などの協働・連携の在り方を検討する「チーム医療のあり方に関する検討委員会」を8月に立ち上げ、医師をはじめとした医療関係者等からヒアリングを行い、幅広い視点からスキルミックスのあり方を検討している。

しかし、米国はじめ、多くの先進国で導入・定着しているNPやPA制度が、日本ではまだ議論の入り口でとどまっているのは、遅きに失した感がある。患者となる国民から見ると、「チーム医療やスキルミックスがなぜ今までできなかったのか」との疑問がある。医師や看護師を代表するそれぞれの職能団体の対立がスキルミックスを阻害していると言われている。もはや「なぜ」ではなく、「新たな医療職種を創設して、一定の教育・研修を課すなどの条件で、どこまで可能であるか」、「医療行為の規制緩和を進めて、医師が絶対やらなければならない仕事は何か」を医療現場のみならず、社会全体で議論すべき時期が来ている。さらに医療は、科学立国を支え、経済波及効果の高い産業であるため、新たな雇用を生み出す場でもある。国は、医療を大幅な雇用創出の場にするための財政投資をすべきである。
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