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安心社会を支えるソーシャルガバナンス
2009/08/08(Sat)
最近、安全・安心に対する関心が高まっている。日本は今や安全・安心な国ではないからである。その理由として、青少年非行、児童虐待、不可解な犯罪、ホームレスの増加、家庭内暴力、自殺など社会問題が多発していることにある。それ以上に国民が不安を感じているものとして、雇用や年金など経済的な見通しが立たなくなったことで、経済の停滞、医療の崩壊、財政赤字、年金制度の破綻、教育問題などの社会リスクに関心が集まっている。

グローバル資本主義や世界金融危機に伴い、「市場の失敗」や「政府の失敗」、「家族の失敗」などが重なり、失業、収入低下、雇用不安など想定外の生活リスクに遭遇する可能性が高まっている。しかし、行政のセーフティネット削減により増加する社会リスクに自己責任で対応することが求められ、対処できる人とそうでない人との格差が広がっている。今やリスク構造が大きく変化し、社会保障制度が機能不全状態で、すべてが不安定化するリスク社会になっている。

日本経済の活力を奪っていた政・官・財の「鉄のトライアングル」という既得権構造を打破しようと、小泉構造改革によって新自由主義や市場原理主義が導入されたが、その結果、社会の不安定化により中流階級が崩壊し、貧困率が高まる格差社会に変貌してしまった。しかし、失業や貧困などは個人の努力で解決できる範疇のものではなく、社会全体で個人を社会リスクから守る発想が必要であり、リスクの社会化を進める仕組みが求められている。ヒトが社会とのつながりで生きていくためには、仕事をもつことが必要であり、社会的排除を解決する「社会的包摂(social inclusion)」の政策実現が不可欠となっている。特にヒトへの投資を重視した能力発揮や自己実現の支援が重要である。

また社会を不安定化する要因のひとつとして、「お任せ主義」あるいは「パターナリズム(父権主義)」の弊害がある。これまで日本の社会は、「パターナリズム」の仕組みの中で、社会秩序が保たれてきたが、一方で権威への服従が求められるため、個人の自立や地方自治体の発展が歪められた。しかし、医療・年金・教育などの社会問題に代表されるように、制度疲労が起きており、国がすべてを決める制度は限界に来ている。また食品偽装問題で、消費者と生産者との情報の非対称性が「政府の失敗」や「市場の失敗」を引き起こしたように、政治・行政への信頼が低下し、「パターナリズム」の崩壊が見られる。

経済社会が大きく変化し、複雑化しているのに対し、政府・行政は官僚主導の中央集権型システムのままで、その硬直性ゆえに当事者能力を失いつつあり、機能不全の状態にある。全ての権限を一極集中で握る官僚制主導に委ねるお任せ体制では、社会的課題への対応が困難となり社会全体の活力が奪われてしまう。

社会全体を覆っている「パターナリズム」からの脱却は、市民の価値観の多様化によっても見られる。市民自らが社会参加・社会貢献するという意識転換が求められているからである。国に依存しない安心社会の実現には、社会全体でリスク管理する取り組みが必要である。そのためには、多様化する社会リスクに対する社会的ガバナンスを推し進めて、行政、地域、企業、市民などの多様な主体がそれぞれの責任と役割分担で協働ネットワークを機能させることが重要である。調和の取れた包摂的な社会に向けて、市民一人ひとりが信頼できる社会保障制度を将来世代に引き継ぐために、新たな「公」として社会参加と社会貢献が求められている。

参考になる書籍1冊

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫)希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く (ちくま文庫)
(2007/03)
山田 昌弘

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世代間格差を解消する若者の政治参加
2009/08/24(Mon)
「持続可能な社会」づくりの先進国であるスウェーデンは、政治主導によるバックキャスト手法(明確な長期ビジョンによる目標を掲げて計画的な政策に基づき社会を変えていく手法)で福祉国家を実現している。それに比べて、日本の政治・経済・社会は、混迷と停滞に陥っており、先行き不透明な閉塞感に国民の不安が高まっている。これは現場の実態を理解しようとしない机上の空論に基づいた官僚主導の政治に起因しており、政治の主体性が奪われているからである。官僚任せの政治ではなく、政治主導によるバックキャスト手法で持続可能性のある政策に転換させる必要がある。

しかし、政治主導の実現には政治家に高い能力と見識が求められることから、政治家の質が問われている。そのひとつに、世襲議員の問題がある。有権者が世襲議員に対して批判的であっても、世襲議員は政党の公認候補として優遇され、小選挙区制のため、選出されてしまう可能性が高い。有権者はよりよき人材を選ぶ選択肢が極めて限られている。これは選挙制度に関わってくる問題でもある。

政治の質が向上しないもうひとつの要因は、有権者である若者が政治参加せず、投票率が低いことにある。若者を取り巻く社会環境は厳しく、就職難や年金など世代間格差による負担増で不満、不安が非常に高いにもかかわらず、選挙には行かない。政治家は、自分に投票しない人には全く見向きしないため、票に結びつく高齢者には手厚い政策を行うが、票に結びつかない若者には政策が無視されてしまう。また少子高齢化で高齢者世代の発言力が高まり、若者世代の負担がさらに増える。若年層が投票しないかぎり、いつまで経っても就業問題、非正規雇用の問題、子育て、街づくりなどで若者の関心が高いとされる政策が政治に反映されない。現状のままだと、若い世代は、社会的に分断・排除され、政治的弱者として取り残されてしまう。中高年世代になってからでは、手遅れである。

最近の若者は、現実にリアリティを感じない対象には関心がないとされる。投票しない若者は政治にリアリティを感じていないからである。若者の言うリアリティとは, 自分らしさのことであり, また自分探しであったり、アイデンティティでもある。高度成長期を肌で知っている中高年世代と違い、低成長期の若者は、人とのつながりが希薄で将来の見えない閉塞感の中で、ネット社会のバーチャルにリアリティを求めている。その一方で、バーチャルにも満足せず、リアリティに飢える若者の中に、現実にリアリティを得ようと、あるいは自己実現を見つけ出そうと、社会貢献を目指す若者が増えている。

政治の良し悪しが、国民の生活を大きく左右するため、政治は、社会を変える原動力であり、また自分達が置かれている環境を変えてくれる手段であると前向きに見る必要がある。若者が政治参加することも、選挙に行くことも社会貢献である。社会貢献を目指す若者が選挙に行かないと、社会を変える最大の機会が失われてしまう。社会貢献にリアリティを感じる若者こそが、政治を変え、社会を変えていく原動力になる。

将来に目を転じれば、国民投票法の成立によって2010年に18歳選挙権の実現がうたわれており、若者の政治参加の機会が拡大される。同時に若い政治家を輩出させ、育てるためにも被選挙権を18歳に引き下げることが必要である。また欧米では、インターネット選挙運動が解禁されているが、日本では、原則として禁止されている。10年前から国民世論の強い要望であったネット選挙運動が解禁されれば、ネットの特性である双方向性を活かして有権者との対話が実現できるため、ネット漬けの若者が政治参加する可能性が高いとされている。ネット選挙運動の活用は、若者の投票率を上げるのに有効な手段と言える。その意味において、若者の政治参加を促す環境整備が、大きく改善される方向にある。「持続可能な社会」システムへの転換には、環境教育だけではなく、若者の政治参加を目指した政治リテラシーの構築が不可欠なのである。


参考になる書籍を3冊。


スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」 (朝日選書792)スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」 (朝日選書792)
(2006/02/07)
小澤 徳太郎

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若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!? (ディスカヴァー携書)若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!? (ディスカヴァー携書)
(2009/07/07)
森川 友義

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若者のための政治マニュアル (講談社現代新書)若者のための政治マニュアル (講談社現代新書)
(2008/11/19)
山口 二郎

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