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ヒューマン・ニューディールで安心社会を創る
2009/10/28(Wed)
米国がレーガン政権以来、推し進めてきた新自由主義経済は、富裕層を優遇することで、貧しい者にも自然に富がしたたり落ちる(トリクルダウン)という「トリクルダウン効果」を謳った経済政策に基づいている。豊かな人がより豊かになれば、そのおこぼれにより貧しい人も豊かになれるということで、「おこぼれ経済」とも呼ばれている。

日本でも、竹中平蔵元総務相が市場原理主義による「トリクルダウン効果」を主張し、小泉構造改革による郵政民営化と規制緩和を強力に推し進めた。その結果、大企業や富裕層に対する大盤振る舞いが行われた一方で、社会保障の削減や派遣法改正など規制緩和の行き過ぎにより、多くの国民に痛みを与えてしまった。

しかし、規制緩和や民営化で儲けた企業の超過利潤は富を求めて海外に流出し、グローバルマネーとして世界中を動き回った。そのため、内需創造ができなくなり、「トリクルダウン効果」は成り立たなくなった。そして豊かな人はより豊かになって、貧しい人はより貧しくなり、貧困率が上昇した格差社会になってしまった。

また、日本経済のGDPがプラス成長であったにもかかわらず、新興国の需要拡大で原油価格が高騰した分、所得は下がり続けた。さらにリーマンショック後、米国の過剰消費による輸出依存で支えられていた日本経済が失速した結果、経済の川上部門にある企業から川下の消費者にお金が流れなくなり、消費を萎縮させてしまった。

富が使われて消費されることを前提としたアダム・スミスの時代には有効であった「トリクルダウン効果」は、現代の経済学では既に否定されている。ノーベル賞経済学者であるコロンビア大学スティグリッツ教授は、「トリクルダウン効果」は「幻想」以外の何物でもないと批判した。自民党の与謝野前財務相もまた、竹中経済理論の「トリクルダウン効果」を「人間の社会はそんな簡単なモデルで律せられない」と切り捨てた。

毎年3万人を超す自殺者の中には、失業などで経済的に追い詰められたり、健康を害したり、最低限の生活もできなかった人々が多い。低所得者の占める貧困率(政府発表)は、15.7%(07年)、貧困状態にある子供の貧困率は14.2%と最悪で、親から子に伝わる負の連鎖になっている。

穴だらけのセーフティ・ネットを立て直して安心な社会を創るには、医療福祉、介護、保育、教育、農業などの生産性の低い労働集約産業に集中投資する「ヒューマン・ニューディール」政策が重要である。こうした社会保障サービスは、社会コストではなく、未来への投資であり、内需主導による成長産業で雇用創出を図るものである。

人的資源に対する投資で未来に備える「ヒューマン・ニューディール」政策は、韓国で既に始まっている。韓国政府は、経済危機による中産層の崩壊を防ぐため、塾などにかかる費用や教育費、住居費、医療費などの家計支出を軽減する「ヒューマン・ニューディール」政策を推進している。また創意的なアイデアや技術、専門知識を基盤に、円滑な創業を支援する「1人創造企業」の育成を進めている。

日本の民主党政権は、脱トリクルダウン効果を目指し、国の予算をコンクリートから人に直接投資する政策へ転換した。つまり、成長できない経済の下で生活水準を向上させるため、生産者優先政策から消費者優先政策へと舵を切った。税金の無駄遣いや無駄な公共事業を止めて、その財源で子育て、教育、介護等の社会保障を充実させようと取り組んでいる。政権交代とともに新たな経済社会構造の変化が起こる時代となった。

鳩山首相は所信表明演説で、政治的に弱い立場の人々や少数の人々の視点を尊重する友愛政治を進めるとした。そして「人間のための経済」への転換を提唱した。新自由主義経済が破綻した今、景気対策の柱と位置づけられるグリーン・ニューディール政策とともに、「ヒューマン・ニューディール」を両輪として推し進めてもらいたい。
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ゲゼルと持続可能な経済 
2010/01/17(Sun)
地域社会の発展に貢献する地域通貨は、童話作家エンデの「エンデの遺言」がきっかけで、日本中に広まった。今では地域通貨のバリエーションが広がり、地域経済の活性化や介護福祉、様々な社会貢献活動などにはなくてはならない存在となっている。

地域通貨は、元々ドイツの経済学者シルビオ・ゲゼルが考え出した減価通貨(スタンプ貨幣)に基づくもので、1930年代の世界大恐慌時代にオーストリアのチロル地方都市ヴエルグルで実践された成功例から始まった。その経緯については、ゲゼルの経済理論に魅せられたエンデが、「エンデの遺言」で詳しく紹介している。

エンデだけでなく、ゲゼルの経済理論に賛同したケインズも「一般理論」の中で、マイナス金利論として紹介しており、「未来の社会はマルクスよりもゲゼルに多くを学ぶだろう」と書いている。ケインズの予言どおり、デフレ経済になると、常にゲゼルのマイナス金利論が議論され、今なお、世界各国の経済政策に影響を与えている。

ゲゼルのマイナス金利論によると、モノは時間が経てば古びて減価するが、お金(貨幣)は価値が減らないため、お金を保有しているだけで金利収入が得られ、人はよりお金を溜め込んでしまう。そこでお金を市場に流通させるためには、お金もモノと同様、時間とともに減価する仕組みとして保有する紙幣にスタンプ(印紙)を貼り付けないと使えないようにしたのが、ゲゼルのアイデアであった。つまり、金利の代わりに、お金に課税(印紙税)することで実質的にマイナス金利を実現した。マイナス金利はお金の流動性を高めて、景気を上向かせるには絶好の政策だった。

日本の成長率が低いデフレ経済では、ゼロ金利になっても金融政策は無策となり、民間部門に資金需要がないため、お金が市場に回らず、預金などの安全資産に集中する。消費せずに預金量が過大となるため、名目金利がゼロより下がらないという「デフレの罠」に陥ってしまう。日本経済は一度、この「デフレの罠」にかかって不況を深刻化させてしまい、「失われた10年」を経験したが、また再び、「失われた10年」に突入しようとしている。

モノの価値がマイナスになった時は、名目金利をマイナスにすることで、「デフレの罠」を回避できるとされている。そこでゲゼルの「印紙税」と同様、現金や預金などの安全資産に課税することで実質的にマイナス金利を実現させ、お金を流通させようとする政策が注目されている。

マイナス金利策は、言い換えるとストックに対する課税(資産課税)のことである。法人や個人が保有する預貯金に対して年率数パーセントの資産課税で金利がマイナスになれば、政府の利払い負担もなくなり、毎年財政赤字が減っていく。また資産課税による税収は数十兆円になり、政府の財政が大幅に改善し、財政再建ができるという。

実質マイナス金利を実現する策は、いくつか提案されている。究極のマイナス金利策は、貨幣に金利を設定することで、貨幣をすべて電子マネーにすれば、日銀がマイナスでもプラスでも自由に設定できるという。国民すべてが日銀に口座を持ち、使用しないと減価する電子マネーが、消費を活性化させるというわけだ。世界でも電子マネーが普及している日本にこそ、政府版の電子マネーが実現できれば、持続可能な経済社会が期待される。だが、貨幣を廃止して金利を自由に設定できる政府版電子マネーは、政治的抵抗が大きくて実現は不可能とされており、貨幣も簡単に廃止されるものではない。

しかし、ゼロ金利であってもお金が動かない日本経済は、デフレ長期化、深刻な少子高齢化、財政危機といった三つの大きなリスクを抱えている。現行通貨システムの改革を含め、経済成長と財政再建を同時に行わないかぎり、財政破綻まで自転車操業を続けることになる。マイナス金利策による資産課税が標準的な税制度になれば、日本でようやくゲゼルの着想が実現可能な時代が到来する。
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マイケル・ムーアが暴く米国のプルトノミー社会
2010/01/23(Sat)
マイケル・ムーア監督の怒りの告発映画である「キャピタリズム~マネーは踊る~」が、多くのマスメディアに取り上げられている。テレビでも新聞でも報道されないアメリカのすさまじい搾取社会の実態が映し出されているからである。

住宅ローンが払えなくなって家を強制退去させられる人々、突然解雇され路頭に迷う労働者たち、クレジット会社から学生ローンを借りて卒業後の20~30年も借金まみれになる学生たち、航空自由化の弊害により低賃金でこき使われ借金と過剰労働から航空事故を起こすパイロット、従業員に無断で生命保険をかけ、従業員が死ぬと保険金をまるまる手に入る大企業、規制緩和で民営化された州の更正施設から利益供与を受け、些細な少年犯罪を有罪にしてしまう判事など、格差社会の日本でも起きておかしくないことばかりである。

シティバンクが優良顧客に配った極秘メモによれば、アメリカはもはや民主主義ではなく、「プルトノミー」と呼ばれる社会状況になったという。1%の富裕層が底辺の95%の合計より多い富を独占的に保有し、独占的に利益を吸い上げることができる社会のことである。1%が残りの人から全てを奪う格差社会なのである。しかも、リーマンショック後、国民の税金がその富裕層を救うために、投入された。

アメリカの資本主義がおかしくなり始めたのは、1981年にロナルド・レーガンが大統領就任後、元メリル・リンチCEOのドナルド・リーガンを財務長官に任命し、企業減税や規制緩和、富裕層減税を推し進めて、ウォール街が政治を支配するようになってからだ。累進課税の最高税率は70%から28%まで半減され富裕層が優遇された。日本でも小泉政権下で累進課税の緩和が進められ、最高税率が75%から40%に半減したことから、財政赤字がさらに膨張した。

それ以来、国を支配したウォール街は「狂ったカジノ」と化し、金融工学という錬金術で世界金融危機の元凶になったCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)のデリバティブやサブプライムローンの証券化商品を編み出し、マイホームさえも賭けの対象にしてしまった。本来存在しない仮想マネーが信用取引によって増殖され、それがスパイラル的に拡大し、投機ブームとなった。そして一挙に約1000兆円(円換算)もパンクしたから「大恐慌」状態に陥ってしまった。

リーマンショック後、住宅を強制的に取り上げられる人が大量発生する一方で、経営危機に陥った銀行や保険会社に、公的資金による救済がなされた。それらの幹部たちには1億円以上のボーナスが出たという。盗人に追い銭である。

ムーアは、かってのルーズベルト大統領が生きていたらこのような事態にはならなかったと映画で悔やんでいる。ルーズベルト大統領以来、60年代まで続いたニューディール政策は、アメリカ国民の平等を第一とする福祉国家だった。ムーアはこれを実現するのがアメリカの使命だと訴える。そして今は資本主義と民主主義が正反対で、両立しないと見ている。その理由として、資本主義は、少数が利益を得るように設定されているが、民主主義は、すべての人の利益を考えるからである。

カトリック教徒であるムーアは、格差社会についてローマン・カソリックの神父たちに「クリスチャンとして、資本主義をどう思いますか?」と質問した。神父たちは皆、「資本主義は邪悪であり、神の教えに反している」と答える。

しかし、現代の資本主義は、プロテスタントが「労働によって富を蓄えることは神への道だ」と説いてカトリックの価値観を逆転させたことから、発展してきた。プロテスタントは自由市場主義を信奉しており、貧困者の生活を救う公的医療保険に対しても、「政府による福祉は社会主義だ」、「貧乏人のために税金を使うな」と頑固に反対している。

ムーアは、彼らに「それはキリスト教的ではない」とこの映画で訴えている。ムーアのいう民主主義と資本主義が両立しないというのは、アメリカ国民のカトリックとプロテスタントの価値観が互いに相容れないことを示しているともいえる。

プルトノミー社会を阻止するには、金融規制を強化して、仮想マネーの創出をご法度にすべきだろう。ようやくオバマ大統領も、金融規制を強化する改革案を発表した。米金融界のビジネスモデルの変更を迫るものである。

格差が拡大している日本も、膨大な財政赤字を考えれば、富裕層に対する優遇税制を是正し、累進税を元に戻して富の再配分を図る必要がある。
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「失われた20年」が「失われた30年」に
2010/02/08(Mon)
日本は「失われた20年」がさらに続き、新たな「失われた30年」に突入した。先進国で日本だけがデフレ経済が続いており、物価が下落している。

物価が下落するのは、消費者物価全体の半分を占めるサービス価格が下がっているからである。サービス価格には賃金の要素が大きいため、物価の下落が進めば、賃金の切り下げに直結する。サービス価格の下落は日本だけの現象である。これをどうやって止めるのかが、問われている。

リーマンショック後の世界同時不況で、需要不足が顕著になり、35兆円も大きな需給ギャップがデフレになっている。このような状況下では、失業率が高止まりしたままで、非正規雇用者が打撃を受ける。明らかに供給サイドを強調する成長戦略だけでは不適切である。

デフレから脱却するためには、一刻も早く需給ギャップをなくすような政府・日銀によるマクロ経済政策(財政・金融政策)が必要である。日本を除く欧米の先進国は、金融危機による大きな需給ギャップを財政政策と金融政策によって完全に穴埋めしているからだ。

しかし、日銀はデフレと闘うべきなのに、金融政策だけでデフレ退治は難しいとし、需要喚起は財政政策だとしている。需給ギャップがGDPの8%もあり需要自体が不足しているときに、流動性を供給するだけでは、最終需要は盛り上がらず、物価は上がってこないため、デフレから脱却できないという。さらに政府の役割のほうが大きいし、金融政策の議論よりも成長戦略の方が先だというのが日銀の言い分である。

デフレ克服には、成長戦略、マクロ経済政策、さらに財政再建の戦略という三つの柱が重要であり、すべてが一体となった取り組みが求められている。

成長戦略というのは、難問であり、簡単に答えを見つけられるほど容易なことではない。まして少子高齢化における成長戦略は、かなりの難問である。考えてから走るのではなく、走りながら考えることが必要である。実際、バブル崩壊後に実施された成長戦略がことごとく失敗している。しかし、「失われた20年」で停滞している今ほど、真正面からの成長戦略が求められている。

鳩山政権は、昨年末に「輝きのある日本へ」と題する「新成長戦略の基本方針」を打ち出した。その基本方針は、従来の公共事業による成長(公共事業依存型)や小泉・竹中構造改革による供給サイドの生産性向上(市場原理主義)にかわる第三の道として、地球温暖化や少子高齢化などの課題解決に取り組むことで新たな需要を創出していくというものである。そのために「環境・エネルギー」「健康(医療・介護)」「アジア市場の内需化」「観光・地域活性化」を重点4分野とし、国民生活向上に主眼をおいた新市場や雇用の創出を進めるとしている。

野心的な成長戦略であるが、果たして、本当に実現するのだろうか

民主党の成長戦略は、自民党政権が繰り返し打ち出してきた成長戦略と本質的に変わらず、各省庁のビジョンをただ束ねてものに過ぎない。各論になると、その具体策や工程表は先延ばしのままである。

新たな成長産業を育てるには、日本固有の問題が多い。先ず、財政赤字で、新たな成長産業を育てる財源をどこから持ってくるのか、また少子高齢化社会を乗り切る上で、子ども手当や高校の実質無償化、崩壊寸前の国民医療の立て直しなどが急務であるが、それらの政策を支える財源が必要である。

政策を実行するための財源を確保しようとしても税収が不足している。それをカバーするために国債を増発すれば、償還負担が重くなる。その結果、低成長に至る。デフレはこの悪循環を慢性化させる。

大幅な財政赤字は、圧倒的な税収不足が原因である。消費税増税や高額所得者の累進課税などを前提とした社会保障制度改革を打ち出す方が、有効な景気対策であり、鳩山首相の言う「人間の幸福を実現する経済」への近道になる。
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PIGS問題に見る金融業界の品格
2010/03/01(Mon)
世界金融危機の激震が未だに収まらない。

サブプライムローンの破綻から、リーマンショックによる世界同時不況、さらにはドバイショックを経て、今度はギリシャが財政破綻の危機に瀕している。ギリシャを含む「PIGS」諸国の財政危機が、今また世界経済を揺れ動かしている。

「PIGS」(直訳で豚ども)という造語は、EU諸国の中でも財政危機に直面しているポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインなど4カ国の頭文字をとって、金融業界のトレーダーらが揶揄してつくったものだ。

最近では、「PIGS」に続く造語として「STUPID」(直訳で愚かなヤツ)が登場した。「STUPID」とは、スペイン、トルコ、イギリス、ポルトガル、イタリア、ドバイなどの財政危機に瀕した6カ国の頭文字をとって、揶揄したものである。

さらに新たな造語として、世界最大規模の財政赤字を抱える日本とアメリカに対しても「JAM」(直訳で紙づまり)があてられた。

多くの国が世界同時不況で財政赤字に陥ったため、その弱みにつけ込んだ金融業界が揶揄して、「PIGS」などの造語を流通させている。

たしかに国の財務不安は、カントリーリスクの高まりにつながり、株式の下落、通貨の下落だけでなく、国そのものの信用を表す債券(国債)市場での下落(金利の上昇)が起こる。

しかし金融業界にも問題がある。

英米のアナリストが、さかんにユーロ不安を煽り続けている。また米ゴールドマンサックスが金融技術でギリシャの財政債務の隠蔽を手助けしたことも明るみにされた。

そもそも世界金融危機で実体経済をボロボロにし、世界中に大量の失業者を発生させたのは、金融業界が金融システムを破綻させてしまったからではないのか。世界金融危機の激震地となった金融業界に揶揄する資格などあろうはずがない。それどころか、本来ならばリスクをとって業績を悪化させた金融機関は淘汰されるはずであった。

淘汰されるべき金融機関が生き延びられたのは、多くの政府が協調して世界経済を底割れさせないように、金融システムの安定化と財政出動を図ったお陰ではないのか。財政赤字になったのは、世界経済を破綻寸前まで追い込んだ金融業界であって、国家のせいではない。むしろ品格のない金融業界を救済してくれた国家に敬意を払うべきであろう。

金融業界は、リスクをとるだけとって、投機・ギャンブルなどのマネーゲームに失敗したツケを各国の国民に押し付けて、莫大な税金が投入されたことを忘れたのであろうか。

さらに言えば、世界金融危機を招いたのは、金融業界が過剰な流動性を不動産や証券などに投機融資して不動産バブルを発生させたことによる。多国籍企業、証券会社、ヘッジファンド、銀行などの巨大金融機関が、金融活動によるグローバル資本主義を主導した結果、モノ(商品)の取引をはるかに上回るマネー(資金)の取引が行われるようになった。

しかしその巨額の投機マネー(短期資金)は、バブル経済とその崩壊による金融危機を繰り返し起こした。リスクを隠蔽するような証券化ビジネスは、詐欺に詐欺を重ねたような商法である。過剰な投機マネーに対する国際的な金融規制と監視を強化することは、当然の流れだ。

今のデフレは、企業部門が貯蓄超過になり、金融機関の金融仲介機能の健全性が崩れているためである。だからこそ金融機関は、不安ばかりを煽るのではなく、本来の金融仲介機能の維持に努め、世界経済の安定化に協調すべき重要な役割があるはずである。

金融機関の役員報酬は1億円以上の額に上ると言われるが、それに相応しい仕事をしているとは疑問である。

高い公共性が求められる金融業界が真剣になって、金融仲介機能の健全性に取り組まないとするならば、逆に各国の国民から「PIGS(豚ども)」と呼ばれるだけである。
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