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原発エネルギーの時代は終わった
2011/06/25(Sat)
原発を全面停止すれば、電気が足りなくなり、電気代も値上げせざる得ないことから、原発が必要だと主張する人々が多いが、果たしてそうであろうか。

火力の稼働率45%を、65%以上にすれば、原発が全面停止されても、電気はむしろ余る。

日本で発電される電気の20%近くは、自家発電で、その90%が火力である。大手企業などは、電力会社から電気を買うより安いから、自前の発電設備を持っている。

今回の原発事故で、採算性、安全性、クリーン性のどの点から見ても、原発をエネルギー政策の基本に据えるには無理がある。しかも日本の「原子力村」を守るために、国の原子力関連予算で年間約4500億円もの多額の税金が投入されており、原発を維持する方が電気代を高くするのだ。

原発の発電コストが火力発電より高いことは明らかである。火力発電の主力も、原油でなく、天然ガス(LPG)にシフトしている。

昨年の原子力発電実績をガスタービン・コージェネレーションシステムに置き換えても、必要な新規投資額は約8000億円程度で済むという。東電管内の電力をガス発電に切り替えるだけで、原発は不要になる。各家庭での自家発電も可能である。

ガスタービン・コージェネレーションは、既存火力よりも熱効率が30-50%も高く、二酸化炭素の排出量も大幅に下がる。燃料となる天然ガスは、原油と異なり、世界的に供給量が増えている。

再生可能エネルギーの利用拡大には、まだ多くの課題が残されているため、時間がかかる。

実証済みのガスタービン・コージェネレーションシステムなら、国家総動員態勢でやれば、1,2年以内に全ての原発に代わる新規発電設備が可能だという。

原発に頼らなくても、安くて環境にも優しく、持続可能な電力供給は可能である。
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原発プルトニウムに依存する日本社会
2012/06/18(Mon)
「脱原発依存」への中長期ビジョンを示さないまま、野田政権は、暫定的安全基準で、「電力危機」を理由に原発再稼動を決定した。原子力ムラ(官僚・政財界の利権集団)の完全復活であり、また原発依存社会に戻ってしまった。

日本の歴代政府が、「原発の平和利用」を旗印に、「安全で安いから」という暴走理論で原発を推進してきた背景には、独自の核武装の意図があるといわれている。原発と核兵器開発は、コインの裏表の関係にあり、原発は「核兵器工場」あるいは「プルトニウム生産工場」とも呼ばれている。原子力政策は、安全保障政策の一環として組み込まれており、平和利用の原発には、軍事利用の戦略的意味があった。

表看板は「エネルギーの安定的な確保」であるが、その裏側に、隠された動機があり、「安全で安い」と言わなければ動機づけができなかった。大量の核廃棄物(プルトニウム)を製造する原発を保持することは、核開発につながるため、歴代の政治家は原発を潜在的核保有国の核抑止力として利用してきた。

福島第一原発事故で、原発を維持する根拠が次々と崩れる中、今でも原発推進派は、自民・石破茂議員のように「原発は核抑止力に不可欠で、脱原発をしてはならない」ことを公然と主張している。

菅前首相が、「菅おろし」で辞意表明へと追い込まれたのも、「脱原発依存」を宣言した言動にあったとされる。原子力ムラの利権が絡む、この国の禁忌に触れたからである。

最近は、さらにエスカレートして原子力ムラの意を汲んだ民自公3党が、消費税増税の論議の最中に、「原子力の憲法」というべき原子力基本法を国民の目に触れない形で、目的(第1条)をこっそり変更し、「我が国の安全保障に資する」という文言を盛り込んだ。平和利用の原発を核の軍事転用につなげることができるようにしたのだ。

しかし東西の冷戦構造が終焉して以来、核弾頭数は減少しており、核保有の先進国においては、「プルトニウム生産工場」としての原発の存在理由はすでに希薄化している。日本も、「西側陣営のプルトニウム生産工場」としての存在意義は消失し、自国の国防のために準核保有国として「プルトニウム生産工場」を保有し続ける価値も小さくなった。

日本には、原発から大量に放出された使用済み核燃料プルトニウムが約45トンもあり、核兵器5千発分を超えているからだ。すでに核兵器保有国に匹敵するレベルのプルトニウムが蓄えられており、十分に当初の目的は果たしている。

世界は、余剰プルトニウムを減らそうと、核不拡散に動いているにもかかわらず、日本はプルトニウムを抽出する再処理にこだわり続けており、さらには他の先進国がとっくの昔に撤退し、商業的にも採算の合わない高速増殖炉「もんじゅ」に、莫大な費用を投じてまでしがみついている。

使用済み核燃料の再処理を続ける理由として、「再処理を止めれば、貯蔵プールが満杯になって、原発が止まる」点がよく挙げられるが、プールでの長期貯蔵はリスクを高めるだけで、冷却水がなくなると、大変危険である。福島第一原発の4号機がその危機にさらされている。再処理を止めて、乾式貯蔵に切り替えるべきである。

プルトニウムが過剰になっているにもかかわらず、原発を常時稼動させれば、核拡散防止も核テロ防止も今よりずっと困難になるだけである。

福島第一原発の事故から、原発そのものが、放射能を撒き散らす大量破壊核兵器であることは明らかであり、核武装のために、かえって国民を原発の脅威にさらす皮肉な結果となった。

世界から核兵器をなくすためにも、原発は廃止し、再処理を止めるべきだ。原発推進派は、バラ色な理屈で自ら思考停止の構造を招いており、立ち止まることすらもできない。

電気と引き換えに、原発プルトニウムの過剰生産の道を進む「原発依存社会」に明日などあろうはずはない。
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総括原価方式を死守する東電の原発再稼動は許されぬ
2014/01/22(Wed)
政府は、柏崎刈羽原発の再稼動を前提とした、東電の新たな事業計画を認定した。

だが柏崎刈羽原発の地元知事である泉田新潟県知事は、「事故が起きても責任を取らなくてもいいなら、極めておかしな計画」であるとし、「破綻処理などで株主や銀行に責任を取らせないまま再建することは、株主責任も貸手責任も棚上げされたモラルハザードの計画」だと、強く批判した。

福島第一原発や柏崎刈羽原発は、福島県や新潟県ではなく、電力の消費地である東京都のために電力を供給しているのであって、そのさなかで原発事故が起きた。

「脱原発」を掲げた細川元首相が、小泉元首相の支援を受けて都知事選に立候補したことで、最大の消費地である東京でも来月、脱原発を争点に消費者の審判を受ける。

脱原発を訴える知事が選ばれたら、東電は消費者からも原発に異議を突きつけられ、東電株を持つ第4位の東京都が株主総会で、廃炉など脱原発を提案する可能性がある。しかし50.1%以上の議決権を国が握っているため、提案が出ても否決される。

福島原発事故で事実上、債務超過に陥った東京電力は、普通の企業であればとっくに破綻しているはずの会社。そうなれば、銀行も巨額の債務放棄を迫られるはずだ。

東電の全額負担とされている賠償、除染、廃炉処理など事故対策費に上限が設けられ、それ以上は国費が投入され、兆円単位の税金は、国民の負担となる。原発事故への無限責任を負っている東電に対して、実質的な免責を与えた。

しかし東電の利害関係者である銀行の貸手責任は問われていない。それまでの債権が丸ごと守られていることに、納税者の国民は納得できるものではない。銀行への追及が甘い。柏崎刈羽原発の再稼動も、銀行が求めている。再稼動で東電の収益力を上げることが狙いだ。

汚染水漏れを何度も起こし、対策は後手後手に回り、海の放射性物質の濃度が上昇している。この汚染水漏れを解決する抜本的対策はまだ見つけられていない。原子炉の中で溶けた核燃料の状況などまだわかっていないことばかりで、どこに再稼動の余裕などあろうはずはない。

こうした銀行の姿勢は、地域独占を前提とした古い電力システムにどっぷりつかっているからだ。

これだけの原発事故を起こしたのだから、切るに切れなかった不良債権を処理すべきだ。自民党の長期政権下で原発の安全神話を増長させ、必要な対策を怠った反省はなく、早期再稼動の声が大きくなる自民党のご都合主義が目にあまる。事故当時も政権に返り咲いても反省の言葉もなく、政治の無責任ぶりを示している。

お金のために安全がないがしろにされ、福島原発事故の後始末もできないうちに、原発の再稼動で利益をあげることは認められない。電気代にしろ、税金にしろ、結局国民が負担していくことは変わりなく、まずは東電を破綻処理をして、銀行の株主も損失を負担すべきではないか。

原発は、大消費地である東京のために、遠く離れた福島県や新潟県につくられている。そのため、火力発電などに比べて、消費地まで長く、大がかりな送電設備が必要で、約2兆円の費用をかけている。送電費だけでなく、販売コストも、火力発電や、水力発電を上回っている。原発は稼動しなくても、維持管理費などが発電費用の約8割を占めるからだ。古い原発が多く、稼働率が低いため、発電単価が上がっている。原発事故によって安全神話も崩壊したが、低コスト神話も崩壊している。

電力会社の設備投資や資材調達は、年間2兆円規模の巨額であるため、産業界や政官界に大きな「うまみ」を与える源泉となっている。東電が市場価格よりも2~5倍の高値で発注することで、受注メーカーや設備建設業者は多額の利益を確保できるため、その高コストの分は、消費者の電気料金に上乗せされている。原発事故後も、東電はなお、実際にかかる費用よりも高値の工事を東電OBがいる関連会社に発注している。懐が痛まない高コスト体質になっている。

東電の高コスト体質は、源泉である調達コストの抜本改革が遅れているからだ。東電OBを養う代わりに、高い調達コストで仕事を請け負い、持ちつ持たれつの構造になっている。競争原理が働いていないのだ。

電力業界は、地域独占と、かかった費用は、電気料金に上乗せできる総括原価方式の二つの仕組みで守られている。総括原価方式は「電力会社が赤字にならないための制度」とも称されている。

まさにこの「総括原価方式」こそが、東電の高コスト体質を象徴的に示しており、他の民間企業といかにかけ離れた不合理なものである。原発を建設したほうが、事業報酬がそれだけ増える電力システムになっているため、これが原発建設推進の大きな誘因になっている。核ゴミである使用済み燃料までが資産になっている。

そこには消費者の要求に応えて電気料金を少しでも下げようとする企業努力がなく、原価低減の意識も働かない。

東電をはじめ電力会社の甘い収益体質や儲かる仕組みとなっている地域独占と諸悪の根源ともいわれる、不合理な「総括原価方式」は廃止すべきだ。

原発を建設することによって利益が生まれる、「総括原価方式」を続ける限り、原発推進の動きはなくならない。原価低減による企業努力ではなく、あらかじめ儲けが決められた不合理な「総括原価方式」を廃止しない限り、東電の思い切った体質改善や抜本的な経営改革は期待できない。

原発行政を知り尽くした現役キャリア官僚が匿名でその内情を告発した「原発ホワイトアウト」は、電力業界が再稼動に突き進む電力モンスターシステムを描いている。この蜜に群がる政治家の媚態や権力者の堕落など、政官界の恥部をあぶりだしている。原子力ムラは、3.11以降も何も変わらず、安全性がないまま、古い原発を再稼動すれば、また原発事故が起こるという。

原発ホワイトアウト原発ホワイトアウト
(2013/09/12)
若杉 冽

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