FC2ブログ
ソーシャルメディアが社会的課題を解決
2011/04/06(Wed)
「3.11」後、日を追うごとに被害の影響が広がる東日本大震災。戦後最大の難局が日本社会を襲った。日本は立ち直れるのか。そうした不安や恐怖心が広がっている。

地震、津波、原発事故と複合した巨大災害が今、市民社会の意識を変えつつある。絶えず変わる状況の中で、人のつながりが分かる「ソーシャルメディア」の役割が重みを増している。

震災後、ケータイをのぞき込む人々が通りに溢れている。「ソーシャルメディア」が、情報伝達だけでなく、安否確認や、被災地からの情報交換などの場として幅広く使われている。

ネットは、グーグルなどの「データ」の世界から、「ソーシャル」の世界になってきた。これまでは情報を受動的に消費していた人たちが、能動的な情報発信の主体になっているからだ。誰もが情報発信の担い手となり、必要な情報が必要な人へと瞬時に拡散する「ソーシャルメディア」が、何か貢献したいと思う人々を奮い立たす「ソーシャル」の輪として広がっている。

ツイッターやフェイスブックといった「ソーシャルメディア」を舞台に、個人の一人ひとりが何かできないかと知恵を絞り、学生から社会人まで、あらゆる職能を持った人がどんどん集まってくれる。そんなユーザー同士が新たなコミュニティーをつくり、新たな連帯を生み出している。

しかし良い面だけではない。悪い面もある。情報が悪質なあおりや根拠のない風聞が行き交いしている。ネットはデマや流言飛語の温床にもなっている。こうした毒情報に対しては、正確な情報で中和する必要があり、流言を抑えるためにも、正確な情報をもっと広めるべきである。

様々な問題に様々な人が様々な意見を言うが、そこには正しい声と間違った声が交じっている。政治が混迷するのは、政治家が正しいか間違っているかの判断よりも、大きな声しか聴いていないからだ。国会は、単なる議員の頭数合わせのゲームに堕ちており、与野党は対立に明け暮れて、挙国一致の結論を得る場ではなくなっている。

市民社会は、苦境にあっても天を憎まず、運命に耐え、助け合っている。日本がひとつになっているのに、政治家の顔が見えない。震災後、事態の重さに比べて日本の政治はあまりに軽すぎる。こうした軽い政治を許してきたのも我々の社会である。何が正しいかを真摯に考えないと、より良い社会につながらない。

政府の役割は限定的で、機能の一つにすぎない。政府に代わる組織として、「社会セクター」が重要な役割を担っている。社会貢献を目指す個人やNPO、企業などの「社会セクター」が、「ソーシャルメディア」を活用することで、組織の枠を越えて、価値ある連帯を生み、社会的課題解決に取り組んでいる。

21世紀は「社会セクター」の時代だと言われている。未曾有の大惨事となった3.11は、日本社会に再び「社会セクター」の息吹をよみがえらせる機会となるだろう。
スポンサーサイト



この記事のURL | ソーシャルメディア | CM(0) | TB(0) | ▲ top
朝日新聞の謝罪報道にみるエリートジャーナリストの失敗作
2014/09/13(Sat)
朝日新聞社が、いわゆる「吉田調書」を巡る「命令違反し撤退」の報道記事を取消し、従軍慰安婦報道も撤回遅れを謝罪した。遅きに失した朝日新聞社長の謝罪会見であった。

従軍慰安婦問題、吉田調書、池上彰氏のコラム不掲載という三つの“事件”が重なり、もう逃げられないと判断したのだろうが、謝罪は、もっと早くすべきだった。

池上彰氏の連載コラムの掲載を拒否したことは、言論機関が言論の自由を封殺する自殺行為だ。

少人数で取材編集して、無理にニュースに仕立てる余り、裏付けを取らなかったことは、メディアの劣化を示すものだ。裏付けが取れなければ、記事を取り消すことは、当然の判断だ。

致命的な誤報をやらかした朝日新聞のエリート幹部たちは、優秀なジャーナリストではないことは明らかである。優等生の不器用な言い訳にしか聞こえないからだ。

池上彰氏の指摘は、ごく常識的なもので、朝日新聞の担当者がなぜこれを掲載しなかったのか、社内の現場記者の間から、ツイッターなどソーシャルメディアを通して掲載拒否の措置に強い反発や不満の声が上がったのも当然であろう。

現場記者からの反発を受けて朝日新聞社が一転、謝罪して掲載に踏み切ったが、朝日新聞の社内が報道機関としての体をなしていないことが、今回の不祥事で明らかになった。

メディアの誤報は致命的で、逃げたら、火に油を注ぐ結果を招くことになり、誤報の危機管理に失敗したら、終わりだ。当事者意識が欠如しているのであれば、なおさらだ。

朝日新聞に限ったことではない。誤りを進んで訂正しようとしないのは、日本の新聞業界全体を覆う根深い体質である。ふだんは他人の不祥事に厳しい報道機関だが、身内には非常に甘い体質がある。謝罪の仕方を知らない集団なのであろう。

朝日新聞は、過去の誤謬を真摯に反省し、今後、従軍慰安婦問題についてどう取り組むのか、「未来」に対して責任を果たしていくべきだ。エリートの失敗作ばかりの特集記事など、読みたくはない。
この記事のURL | ソーシャルメディア | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン |