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格差社会とシルバー資本主義
2010/03/13(Sat)
犬が「モノ扱い」でなく、生き物としての社会的価値が認められた初めての判決が先日、名古屋地裁であった。

盲導犬サフィーがトラックにはねられて死んだ事故をめぐり、犬を訓練した盲導犬協会が訓練費用などの損害賠償を求めていた裁判で、名古屋地裁は、障害者を支える盲導犬の社会的価値を認め、運転手側に計294万円の賠償支払いを命じた。

しかし人間の場合は、犬とは逆に、非正規雇用の拡大で未だに人間を「モノ扱い」にする格差社会が拡がっている。

日本は先進国の中で、もともとセーフティネットが最低水準なのに、セーフティネットを削減したことにより、貧困層がさらに増大した。特に貧困率が高い世帯は、「母子家庭」「高齢単身者」「若年層」に見られる。また「子どもの貧困」が深刻化して「教育機会の平等」が失われ、希望の見えない社会になっている。

GDPが成長しても、その富の再分配を行わず、公平性の問題を無視したため、不平等や格差が拡大し、社会や政治の不安定につながった。

アメリカをはじめ、新自由主義を取り入れた国ほど、社会の不平等度が高いと言われている。新自由主義の自己責任原理で、本来ならば政府と企業が取るべきリスクを個人に押し付けて、貧困は「自己責任」とされてきた。

社会で一番大切な資源が人間であるはずなのに、貧困を「自己責任」として放置され続けている。

しかし多くの専門家が指摘しているように、ニートやひきこもり等の背景には貧困問題があり、社会全体で解決していかなければ、日本社会にとって大きな損失をもたらす問題となる。貧困は「自己責任」ではなく、「社会の責任」である。

こうした若者が活躍するチャンスを奪ってきたのは、老人が政治・経済を支配するシルバー資本主義に原因があると、勝間和代氏は批判する。人口が高齢化しているため、政治家や経営者が高齢化し、政策も高齢者向けになる。それが国の活力を奪い、若者のチャンスを奪い、経済も沈滞化するという考え方だ。こんな状況を解決できるのは、人任せにするのでなく、一人ひとりがチェンジメーカーになることだと主張している。

たとえそうだとしても、意思とスキルを持ったチェンジメーカーになることは容易なことではない。むしろ社会全体で格差社会を解決する方が先決であろう。

格差社会の最大の問題は、世代間格差だ。もともと日本の個人金融資産は高齢者層に偏在しているため、失われた20年で「持てる高齢者」と「持たざる若者」との所得格差が大きく拡大してしまった。高齢化が所得格差拡大につながったことから、高所得層への課税強化が必要である。累進税率と相続税などの引き上げを行うべきではないのか。デフレ対策にもなる。

非正規雇用と正規雇用の格差是正には、北欧の「増税+社会保障充実」、オランダモデルの「ワークシェアリング」、イギリスの「同一価値労働同一賃金」、労働力の安売りをしないで済む「ベーシックインカム」や「給付付き税額控除」などから、思い切った対策を導入すべきである。

教育格差の是正には、政府は教育にもっと投資して、非熟練労働者を少なくすることである。さらに一つの職業から別の職業に転職しやすいように職業訓練プログラムを充実させる必要がある。

日本の福祉制度は、企業などの市場経済部門に大きく依存しているため、政府部門と市民セクターの非営利部門を含めた公的な福祉制度の整備を強化すべきである。

格差是正には、既得権を打破する上記の政策が不可欠である。いつまでも既得権擁護の議論ばかりしている限り、格差社会は解消できない。
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無縁社会と暴走する世間
2010/04/09(Fri)
家族や地域、会社などの「縁」をことごとく失って孤立し、人知れずに「無縁死(孤独死)」する人たちが増えている。今、個々の人がばらばらになった荒涼とした風景が日本社会を覆っている。

日本社会を形成してきたさまざまな「絆」が断絶し、深刻な「無縁社会」に突入しているという衝撃(NHK番組)が、ネット社会で大きな社会現象として広がった。

これは誰にでも起こりうる問題で、「自分もそうなるのではないか」との不安や恐怖心を抱く人は多く、「無縁社会」という現実が自分も無縁ではないことを考え直すきっかけになった。

特に30-40代の働き盛りの世代からの反響が大きく、自分と社会とのつながりを不安視するため、「無縁死予備軍です」「ネットとのつながりだけでは救われない」「結婚をはじめて考えるようになった」などの書き込みが目立つようになった。

自分の生活さえ良ければいいと思うおひとりさまや若者の中からも、将来の「無縁死」を恐れる人は少なくない。

孤独死は男性に多いが、女性のおひとりさまは地縁、血縁を当てにしない「女縁」をつくるため、孤独死は少ない。老後のおひとりさまを支えてくれるのは、「ユル友(ユルくつながっている)ネットワーク」だという。

他方で、「無縁社会」の広がりに伴い、将来の「無縁死」を恐れる多くの人を対象に死後の準備をする新たな無縁ビジネスが生まれている。

またシェアハウスで共同生活を営む擬似家族的な新しいコミュニティを創りだす試みも始まっている。

「無縁社会」は、日本独自の問題である。キリスト教の強い欧米では、地域の教会によるコミュニティ形成があり、徹底的にフォローしてくれるため、高齢者の孤独死が少ないという。

西欧では個人を基盤とした「社会」があるが、日本には、「世間」という概念がある。日本人は、「世間」という人と人の絆で支えられている。「世間」の中の「縁」で生きているから、さまざまな人生が展開される。

しかし終身雇用がなくなり失業すれば、「世間」から無縁にされた状態になる。「無縁社会」は、「世間」からつまはじきにされるところから起きるともいえる。

また「世間」が個人を支配・拘束することから、現実逃避をしたり、距離を置いて暮らす人々が急増してもおかしくない。

バブル崩壊以後長く続く経済不安で、「世間」のネガティブな側面が暴走し、個人の自律を認めない権力意識や抑圧感ばかりが目立つようになってきた。

「世間」は排他的で差別的であるため、いじめの醜さの原因になっている。日本人に多い自殺も、決して個人の「心が弱い」からではなく、排他的な「世間」に問題がある。

「世間」の構造を打ち破って、社会全体で「個人を基盤とした社会」をつくり直さないかぎり、「無縁社会」をつなぎとめる「絆」を探すことはできない。
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